トゲナシトゲアリ、無謀な挑戦を乗り越えたバンドの力 アニメ放送への弾みをつけた初ワンマン
テレビアニメ『ガールズバンドクライ』の劇中ガールズバンド、トゲナシトゲアリの1stワンマンライブ『薄明の序奏』が、3月16日に横浜・1000 CLUBにて開催された。東映アニメーション、ユニバーサル ミュージック、agehaspringsの3社が手を組みスタートした同プロジェクトにおいて、アニメの声優とリアルなバンド活動を担うのがトゲナシトゲアリ。昨年5月から楽曲リリースをコンスタントに重ね、同年9月には『トゲナシトゲアリ修行中 公開練習ライブ』と題した初ライブも開催し、今年4月のテレビアニメ放送開始に先駆け着実に経験を積み重ねてきた。 【画像】トゲナシトゲアリ 初ワンマンライブ写真 そんな彼女たちが、これまでの集大成と言える1000人規模会場での初単独公演を実施することは、ある意味では無謀と言えるかもしれない。と同時に、ライブ経験が決して豊富ではないトゲトゲの面々が、今までで一番大きな規模のステージでどんなライブを展開するのか、という期待が大きいのもまた事実。筆者は先の公開練習ライブを会場で観覧しているが(※1)、そのときに感じた「可能性の“その先”を見てみたい」という想いは強く、この約半年でどこまで成長したのかを見届けようと会場に足を運んだ。 トゲトゲのファンで埋め尽くされたフロアは、ほぼ満員といっていい集客状況で、初ワンマンとしては上出来だろう。定刻をすぎると、5人が声優を担当するキャラクターたちが、ライブ開演前の緊張した様子を声のみで伝えていく。これまでCDに収録されてきたドラマパートの延長のような空気感で観客の期待を高めると、メンバーがひとり、またひとりとステージに姿を現す。最後に理名(Vo/井芹仁菜役)が登場すると、5人は円陣を組み、気合い入れをしてから演奏に臨む。フロアに視線を送った理名のアカペラから「名もなき何もかも」でライブはスタート。高速の節回しを一切噛むことなく力強く歌い上げる理名の佇まいからは、半年前とは比べものにならないほどのオーラが感じられ、真っ直ぐに響く歌声の存在感がさらに向上するなど、短期間での成長ぶりを随所から実感できた。 もちろんこれは彼女のみならず、ほかのメンバーに関しても同様であり、タイト&パワフルなだけでなく、随所からしなやかさが伝わる美怜(Dr/安和すばる役)のドラム、大きなノリの中に細かなフレーズを投入し個性を発揮する朱李(Ba/ルパ役)のベース、軽やかで流れるようなプレイで惹きつける凪都(Key/海老塚智役)のピアノ、そして鋭さや豪快さだけでなく、ときには繊細さも感じさせる夕莉(Gt/河原木桃香役)のギターと、それぞれが着実にレベルアップしていることが感じられた。 前回観たときとの大きな違いはもうひとつ。決めフレーズなどでバンドが一丸となって演奏する場面では、フロント3人が動きを揃えるなど、見せ方においてもこだわりが感じられた。こういったところも、場数を踏んだことによる成長の証と言えるのではないだろうか。そんな彼女たちの一挙手一投足に、フロアのオーディエンスは熱のこもったコールや高らかに上げた拳で応えていく。 1曲演奏し終えると、理名が「私たちはガッチガチに緊張しているけど、気合い十分で準備してきました」と笑顔で挨拶。歌唱中は年齢を忘れてしまうほどの存在感を放っていたが、MCになった途端に等身大の16歳に戻るところも実に彼女らしく、観ていてホッとしてしまう方も少なくないのでは……しかし、今回の彼女はひと味違う。観客の声援を受けて「ほうほう、こんなもんですか?」と煽ったかと思えば、和やかなやりとりを重ねて場の空気を明るくするなど、ロックバンドのフロントに立つ者らしさがしっかり備わり始めていることをうかがわせた。 「今日のライブのタイトルは『薄明の序奏』、今日がもうひとつのスタートという意味を込めて一生懸命やるので、今日はどうぞよろしくお願いします!」と改めて挨拶してから、「偽りの理」でライブは再開。激しく点滅する照明と凪都が奏でる煌びやかなフレーズがリンクし、そのスリリングさに心奪われた観客も少なくないはずだ。また、理名が小指を高く掲げる姿が印象的な「傷つき傷つけ痛くて辛い」では、ファルセットを用いて切ない歌声を響かせる一方で、夕莉が鋭いコードストロークで観る者を魅了していく。美怜が細かいフレーズを交えながらリズムを刻む中、対照的に朱李は大きなノリをベースで作り上げていくなど、それぞれが見せ場を作りつつ、バンドとしての一体感を高めており、そういった点からも個々の成長を確認することができた。 続くMCパートでは、テレビアニメ『ガールズバンドクライ』で5人が演じるキャラクターを、キャラクターPVと合わせて紹介していく。ここでは理名のみならず、ほかのメンバーも自身の担当キャラクター紹介とアニメ放送に向けた意気込みを口にしていくのだが、緊張からか、話そうと考えていたことを途中で忘れてしまう場面も。そんな微笑ましいMCでフロアに笑みが溢れたかと思えば、続く「理想的パラドクスとは」では再び空気が一変。4つ打ちビートに乗せて、ギターとピアノがユニゾンプレイでソロを繰り出し、フロアは熱気に包まれていく。そこから間髪入れずに「黎明を穿つ」へなだれ込むと、その熱量はさらに高まっていき、理名が前に伸ばした手で何かを掴む仕草で曲はエンディングを迎えた。 ステージ後方のスクリーンにテレビアニメ『ガールズバンドクライ』の本予告映像が上映されたあとには、メンバーが声優初挑戦について振り返った。理名の「難しくて大変だったんですけど、やっているうちにキャラクターのことがどんどん愛おしくなってきて。なので、大変さよりも充実感のほうが上回っていた」という言葉に、頼もしさを覚えた観客も多かったことだろう。 その後、「サヨナラサヨナラサヨナラ」をライブ初披露。前のめりな演奏で表現されたライブ映えするこの曲を前に、オーディエンスも瞬時に熱いリアクションを送る。「気鬱、白濁す」「極私的極彩色アンサー」と、曲を重ねるごとに会場の熱気は再び高まっていき、「運命に賭けたい論理」ではその盛り上がりが最高潮に到達。理名の動きに合わせて観客が手を左右に振る場面もあり、この日一番の一体感を味わうことができた。 フロアに向けて理名が「アニメがスタートするということは、オープニングテーマがあるわけですよね?」と問いかけると、客席は期待に満ちた歓声を上げる。すると、『ガールズバンドクライ』オープニング主題歌として制作された新曲「雑踏、僕らの街」を初公開。このサプライズに、フロアからはより一層の声援が湧き上がる。「雑踏、僕らの街」は、これまでのトゲトゲらしさをにじませつつもさらに高い演奏力が求められる1曲であり、強い疾走感の中に4分の3拍子を取り入れたり、ワウペダルを使用したギターソロが飛び出すなど、バンドの新たな表情を見せる要素もふんだんに用意。そんな楽曲に5人が全力で向き合うことで、フロアはカオティックな様相を見せる。さらにその熱をキラーチューン「爆ぜて咲く」で引き継ぎ、大盛り上がりの中ライブ本編は幕を下ろした。 アンコールを待つ間、スクリーンでは5人が初めて顔を合わせた瞬間から今日までに経験した、さまざまな「初めて」が紹介されていく。映像が終わるとメンバーが再び姿を現し、「まだ終わりたくない」など名残惜しい気持ちを口にする。すると理名が「みなさん、今日のライブの目撃者になりましたね。みんな共犯だよ!(笑)」と笑みを浮かべ、もうひとつのサプライズとしてテレビアニメ『ガールズバンドクライ』のエンディング主題歌「誰にもなれない私だから」をプレゼント。少し落ち着いたトーンで彩られたこの曲からは、切なさやエモーショナルさもしっかり伝わり、バンドとしての表現力の幅広さも感じられた。オンエアではどんな映像が乗るのかも楽しみだが、この曲がセットリストに加わることで緩急の幅も広がり、今後のライブの見せ方にも期待が高まる。 最後に、トゲトゲの原点である「名もなき何もかも」をもう一度披露することに。ここではスマホ撮影OKという最後のプレゼントも用意され、5人は新曲初披露を終え安堵の表情を浮かべながら、リラックスモードで最後の1曲を心の底から楽しんでみせた。すべての演奏を終え、メンバーが笑顔でステージを去っていくと、さらにダメ押しのプレゼントとして、アニメ第1話のイントロダクションとオープニング映像をサプライズ上映。至れり尽くせりなトゲトゲ初のワンマンライブは、こうして大成功のうちに終了した。 約一年をかけて助走を続けてきたトゲナシトゲアリが、テレビアニメ放送開始前最後の難関として挑んだ今回のライブ。ここで得た手応えが今後彼女たちにどんな影響を及ぼすのか、そして番組がスタートしてから改めて寄せられる注目や期待に、彼女たちはどのように応えていくのか。ここからが真のスタート、快進撃の始まりだ……そんな未来に期待したい。
西廣智一