<わたしたちと音楽 Vol.42>Billboard KOREA代表キム・ユナ 自立した女性たちに焦点を当てることで生まれる変化
米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。 今回のゲストは、2024年に発足したBillboard KOREAの代表を務めるキム・ユナ氏。彼女が歩んできたキャリアや、女性をエンパワメントするために立ち上げた【グローバル・ウーマン・リーダー・フォーラム】、韓国のアーティストたちを取り巻く課題について、話を聞いた。 ――まず、ユナさんのキャリアをお伺いできますか。 キム・ユナ:前職では、上海で立ち上げた会社GMIエンタテインメントを経営していました。韓国のアーティストや俳優、セレブリティを中国に招聘し、テレビ番組やドラマ、映画を作るという仕事です。その後、2016年に韓国の新世界グループに入社し、グローバルマーケティングのヘッドを務めました。その後、アメリカのWWDを傘下に持つペンスキー・メディア・コーポレーションとラインセンス契約を締結し2019年にWWDコリアを発足、2024年にBillboard KOREAを立ち上げました。 ――音楽業界だけでなく、幅広い分野で活躍されてきたのですね。 キム・ユナ:ええ。上海では、大手放送局のAnhui TVで、番組の制作も手掛けていました。他には、DouyinやXiaohongshuといったソーシャルメディアに『Meet The Idol』というチャンネルも立ち上げるなど、エンタテインメントビジネスと、メディアビジネスの両方で働いてきました。 ――現在、ビルボード・コリアの代表を務めておられますが、韓国の企業での管理職における男女比は、いかがですか? キム・ユナ:少しずつ増えてきてはいますが、まだまだ少ないですね。音楽業界でいうと、女性役員の割合は、わずか6%しかいません。ご存じの通り、韓国はとても保守的な国ですから。 ――そうですね、それに保守的という点では日本も同じです。 キム・ユナ:なので、日本の女性達と同じく、韓国で起業家になることは非常に難しいことです。なので、私はグローバルで活躍する女性リーダーたちをアメリカから招待し、2022年に【グローバル・ウーマン・リーダー・フォーラム】を韓国で開催しました。韓国の女性リーダーたちに、「女性のリーダーシップとは何か?」を伝えたいと思ったのです。そして、そのためには他国から学ぶ必要があると思いました。フォーラムでは、より自立した人々に焦点を当てたいと思いメイ・マスク氏を招待しました。彼女はシングルマザーとして、イーロン・マスク氏を含めた3人の子供たちを育てたことで有名です。彼女は、とても自立していますし、美しいエピソードをたくさん聞くことができました。2025年の春までには、第二回目となるフォーラムを開催したいと思っています。 ――【グローバル・ウーマン・リーダー・フォーラム】を開催して、何か変化は生まれましたか。 キム・ユナ:フォーラムを開催する前は、多くの友人たちから「韓国はとても保守的な国だから、多くの女性リーダーは参加したがらないよ。だから、やっても意味がない」と言われました。とてもデリケートな話題でもありますからね。たしかに、韓国では多くの女性が「自分はCEOのような、高い役職に就くことはできない。自分はあきらめるべきだ」と感じています。なぜなら女性の多くは、男性と戦わなくてはいけないと感じているからです。ですが、私の考えは違います。女性には、女性ならではの強みや個性がありますから。男性と戦うのではなく、自分らしいスタイルや長所を活かして、活躍することができるはず。 実際、このフォーラムに参加した約300人の女性リーダーたちの考えは大きく変わりましたし、年齢を重ねた女性リーダーたちも「女性にとってではなく、会社にとって女性リーダーは必要である」と言っていました。その後、他のメディアでも女性のリーダーシップをテーマにした取り組みがスタートしています。ビルボード・コリアでも、音楽業界で働く女性リーダーや、女性起業家たちをエンパワメントしていく取り組みを、立ち上げていきたいと思っています。 ――素晴らしい取り組みですね。日本も、女性に対して“男性と同じような、もしくは男性以上の働き方を求めていた時代”から、“職場でも家庭でも男女で支え合っていく時代”に、少しずつ変わりつつあります。本当に、少しずつではありますが…。人の価値観を変えることは、とても時間がかかりますが、エンタテインメントはそのために、大きな役割を果たしてくれると思っています。 アーティストを取り巻く環境に話を移します。アメリカや日本の年間チャートを見ると、女性は男性より少ないという状況が続いています。このインタビューシリーズで、米ビルボードのエディトリアル・ディレクター、ハンナ・カープに話を聞いた際、レコーディングスタジオにおける女性の安全面や、セクシャル・ハラスメントなど、まだまだ解決すべき問題があると言っていました。韓国には、どのような問題がありますか。 キム・ユナ:韓国にも、ハラスメントはありますね。多くの男性は、そういった問題に関わりたくないので、特に古いメディアは、そのようなニュースを取り上げません。ですが女性アーティストや、女性クリエイターたちの声が世の中に届いていないのは、非常に大きな問題だと感じています。もう一つ、女性の見た目に対する問題も存在しています。みんなスリムで可愛くないといけないという大きなプレッシャーを抱えていて、人間ではなく、人形のような存在を求められています。なので、若いK-POPセレブたちは、顔や体に多額の投資をし、より若く美しくあろうとしています。それが、韓国のエンタテインメント界における問題です。 ――年齢を重ねて見た目が変化していくことは、誰にとっても平等に訪れます。K-POPのファンの方たちは、自分の好きなアーティストが年齢を重ねると、他のより若いアーティストのファンに移っていくのか、美しく年を重ねるアーティストを応援し続けたいのか、どちらでしょうか。 キム・ユナ:K-POPファンにおいては、五分五分なのではないでしょうか。BTSのファンは、彼らが兵役に行っても応援し続けていますし、年齢を重ねて変化していくことを、楽しんでいるように見えます。ですが、ガールズグループは同じ状況とは言えません。女性アーティストに対しては、より若いことが求められることが、多いかもしれませんね。 ――女性アーティストたちが、いつまでも活躍し続けるために、メディアとしてできることはあるのでしょうか。 キム・ユナ:そのためにも私は、自立した女性や女性リーダーにもっと焦点を当てたいと思っています。アイドルの見た目だけでなく、その思考や哲学も含めて理解し共感すれば、何歳になっても応援し続けたいと思うはず。我々メディアは、アーティストだけでなく、ファンの皆さんの声を聞くこともできますよね?アーティストとファンのインタラクティブな関係を構築していくことによって、アーティストは成長し続けることができると思っています。 ――日本で人気の韓国人アーティストは、男性も女性も含めてグループが多いです。韓国で活躍する、他ジャンルのアーティストの中には、長く活躍し続けている女性もいるのでしょうか。 キム・ユナ:良い質問ですね。おっしゃる通り、韓国には様々なジャンルのアーティストがいますが、世界的にヒットしているのは、ガールズグループやボーイズグループばかりです。理由は、グループと比べてソロアーティストは強いファンダムを獲得することが難しいからです。なので多くの音楽事務所が、グループをプロデュースしています。ですが韓国には、才能あふれる女性ソロアーティストが数多くいます。Billboard KOREAでは、R&B、ジャズ、クラシック、ヒップホップ、トロットといった、あらゆるジャンルを世界に紹介していきたいと思っています。 ――我々が協力しあって、様々な性別、ジャンルのアーティストを紹介していきたいですね。それによって、世界が感じている日本や韓国の音楽シーンのイメージも変わっていくのではないでしょうか。 キム・ユナ:ビルボードは世界中で、そのメディアを展開しています。私たちは文化も考え方も違いますが、どの国においても女性が自立することは重要なこと。我々は、女性をサポートするために、それぞれの国において何が必要かを考え、実行していきたいと思っています。
プロフィール
キム・ユナ Billboard KOREA代表。 15年前に上海でエンタテインメント会社GMIエンタテインメントを立ち上げ、2016年に韓国の新世界グループに入社。グローバルマーケティングのヘッドを務めた。アメリカのWWDを傘下に持つペンスキー・メディア・コーポレーションとラインセンス契約を締結し、2019年にWWDコリアを発足。2024年にはBillboard KOREAを立ち上げた。
Interview & Text:高嶋直子