地球のエネルギー問題・環境問題を解決へと導く人工光合成
岩瀬 顕秀(明治大学 理工学研究科 応用化学専攻 准教授) 環境問題を考えるうえで、エネルギーの問題は切り離せません。温室効果ガスの原因となるCO2は、化石資源からエネルギーを生み出す際、大量に発生します。言い換えれば、エネルギー問題の根本的な解決が、環境問題の解決を大きく前進させることにもつながるのです。化石資源に頼らない再生可能エネルギーのなかでも、太陽エネルギーはとくに膨大であり、積極的に利用しない手はありません。その手段の一つが、人工光合成による活用です。 ◇地球に降り注ぐ太陽エネルギーは、全人類の消費エネルギーの1万倍 太陽エネルギーは、太陽が消滅するまでは地球に降り注いでくれる、終わりのないエネルギーです。少し前のデータですが、人類が1年で消費しているエネルギーが18TW(テラワット)なのに対し、地球上に注ぐ太陽エネルギーは18万TW。大気圏で散乱することにより弱まるうえ、太平洋のど真ん中やエベレストの山頂に降り注いだものなど、現実的に使えないものも多くありますが、それでも計算上、約1000TWは活用が可能です。 とはいえ太陽エネルギーの密度は希薄です。ソーラーパネルでなどでたくさん回収しようとすると、どうしても面積で稼ぐしかありません。何より難点は、コスト面です。太陽エネルギーを使う技術としてイメージされるのは、太陽光発電だと思いますが、いかんせん費用がかかります。今なら30%を超えるエネルギー変換効率を達成しているものの経済的には厳しく、まだまだ普及していません。 一方で研究が進められているのが人工光合成です。植物の光合成では、太陽エネルギーを利用し、水とCO2から糖をつくります。この糖は元となる水とCO2よりも高いエネルギーをもつことから、太陽エネルギーが貯め込まれているものとみなすことができます。この仕組みのように、太陽エネルギーを利用して、水からよりエネルギーが高い別の化合物をつくりだす化学反応を人工光合成と呼びます。人工光合成は、光を吸収して化学反応を促進する「光触媒」を用いて起こせる現象で、たとえば水の中に光触媒の粉を入れて光を当てると、電極なしで水を分解して水素と酸素を発生させることも可能です。 人工光合成のもとになる発見をしたのは日本人です。水の電気分解は、2つの電極間に一定以上の電圧をかけなければ起こらないのが電気化学の常識でした。しかし1972年、二酸化チタン(TiO2)電極と白金(Pt)電極を置いた際、TiO2電極に光を当てると水分解が起こり、酸素と水素が発生することが報告されました。この現象は発見者の名前から「本多-藤嶋効果」と名づけられています。 1970年代のオイルショックとも重なり、太陽エネルギーを活用するための研究が世界的に進められましたが、人工光合成は実用化にはほど遠く、国内外の研究者が次々に撤退。研究対象だった光触媒も、環境浄化がメインの使い道となり、ガラスの曇り止めや汚れ防止などの製品が発売されたので、皆さんのイメージはそちらが強いと思います。その後は日本でも下火になっていきました。 しかし細々とでも研究が進められた甲斐があり、2000年頃、紫外光を使った高効率での水分解が達成されます。さらに2000年代半ばには、紫外光よりもエネルギーの弱い可視光による水分解も成功。人工光合成の研究は、再び盛り上がり始めました。その後は実際の太陽光でも実証されるようになり、2010年を過ぎたあたりからは、太陽光を使った場合のエネルギー変換効率も算出できるようになっていきました。