民話の里の「早起きした人の特権」 老舗のできたて豆腐を、立ち食いで… もうひとつの〝名物〟は
「民話の里」の老舗豆腐店
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】できたほやほやの「寄せ豆腐」はこちら 150円の至福 「民話の里」として知られる岩手県遠野市の中心部に、できたての「寄せ豆腐」をその場で食べさせてくれる老舗豆腐店がある。 創業約80年の「新里とうふ店」。 午前4時半。所狭しと製造機械が並ぶ店内を覗くと、初夏の柔らかな朝日を受けながら、慌ただしく豆腐作りが始まっていた。
早起きした人だけが味わえる
原材料は、岩手県産の大豆「南部白目」と、伊豆大島から取り寄せている天然のにがりだけ。 一晩水につけた大豆をすり潰して煮る。 それらをこしてできた豆乳ににがりを加えると、まだ豆腐が固まりきっていない「寄せ豆腐」(おぼろ豆腐)ができあがる。 フワフワとして、とろけるような食感。豆乳の甘さも、しっかりと感じられる。 3代目の新里庄一郎さん(56)は「できたての寄せ豆腐は、食感がまるで違う。早起きした人だけが味わえる特権だね」。
「立ち食い」のきっかけは…
同店が「立ち食い」を始めたのは約20年前。 近くのホテルに宿泊している観光客が朝の散歩をしていると、店から蒸気が上がっている。 「できたての豆腐を食べさせてほしい」との要望があり、「立ち食い」を始めた。 入り口の片隅に小さなテーブルと木のイスを置き、塩やしょうゆで食べてもらう。 週に1度、がんもを作ったときだけは、シイタケの特製あんをかけて味わうこともできる。 値段は税込み150円。 「約20年前に始めたときから、値段は150円。全然もうからないけれど、お客さんが喜んでくれるから」と新里さんは笑う。
店先で世間話にも花が咲く
店にはもう一つ、「名物」がある。 周囲から「遠野で一番の働き者」と評判の庄一郎さんの母・栄子さん(80)との会話だ。 結婚して、約60年。 店先の小さなイスに腰掛け、寄せ豆腐を食べながら世間話に花を咲かせる。 外国人観光客も度々訪れる。 栄子さんは外国語はわからないが、身ぶり手ぶりで食べ方を伝える。 「みんなとても喜んでくれる。ヨーグルトだと思っているかもしれないけどね、はははは」 長生きの秘密は「おいしい豆腐を食べること」。 「(亡くなった)夫の順一さんに言われたの。お前はいつも肌がツヤツヤだって!」 (2023年5月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>