スペインサッカー界の《昭和》を生きた巨星ルイス・デ・ロペラが逝く
会長たちに寵愛され資金援助を受けたフーリガンが試合前後のスタジアム周辺で衝突し、警官隊と三つ巴の市街戦を繰り広げた。ルイス・デ・ロペラのベティスとデル・ニドのセビージャのダービーは荒れに荒れ、暴力事件がお茶の間に生中継され全世界に恥もさらした。
経営も滅茶苦茶だった。
それぞれ一代で財を成した人物なのだが、彼らはビジネスマンというよりも、地元のドンだった。愛するクラブのために手段を選ばない集金術はかなり怪しく、わいろや癒着、汚職の臭いがぷんぷん。ポケットマネーとクラブ予算の区別が付いていない公私混同状態。折しも放映権料バブルで大金を見境なくスター獲得に投入した。
ルイス・デ・ロペラもブラジル代表のデニウソンを当時の世界最高の契約金額で獲得した。スペインの地方都市のいちクラブが「世界最高」なんてあり得ないが、「オレのベティスが世界的中の話題になることが第一」であって、収支バランスとか中長期的な経営プランなんてものには目もくれなかった。
放漫経営のツケはいつか回ってくる。狂った祝祭はいつか終わる。だが、それまでは「踊りゃなソンソン」という、熱狂と退廃が入り混じった空気感。この点も「昭和」や「バブル」と似ている。
新世紀に入りサッカーがショービジネスとして語られるようになると、こうしたドン(首領)たちは急速に居場所を失っていった。分業化が進み、会長は金儲けに専念するビジネスマンとなり、補強はスポーツディレクターの担当となり、監督は現場の最高責任者となり、選手は値札付きで取引される資産と化した。会長は人当たりの良い平和主義者となって、VIP席は行儀良く振る舞う場となって、フーリガンが追放されたスタジアムは健全で安全な場となった。バルセロナの現会長ジョアン・ラポルタ、レアル・マドリーの同フロレンティーノ・ペレスは、そんな新世代の旗手である。
サッカーは確実に良い方向に進んでいる。が、時どき昭和を振り返るたくなるように、ルイス・デ・ロペラがいたあの時代を想うのだ。
文:木村浩嗣
木村浩嗣