『オルクセン王国史』『TS衛生兵の戦場日記』『幼女戦記』……戦争の苛烈さを描くライトノベル
戦争は悲惨で痛ましい。けれども人類の歴史から戦争がなくなったことはない。どうして戦争は起こるのか。絶対に避けられないものなのか。どうすれば戦争に勝てるのか。樽見京一郎『オルクセン王国史 野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか』(サーガフォレスト)、やまさきたま『TS衛生兵さんの戦場日記』(エンターブレイン)、カルロ・ゼン『幼女戦記』(エンターブレイン)といったライトノベルの作品群が、否応なしに戦争と向き合わなくてはならない世界で、改めて戦争について考える機会をくれる。 エルフからの激しい差別を受け、滅亡の危機に瀕していたダークエルフ族の氏族長、ディネルースが襲撃を逃れてたどり着いたのがオーク族の領地。そこでディネルースは、オーク族を率いる国王のグスタフに助けられる。樽見京一郎によるシリーズ『オルクセン王国史 野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか』は、そうした状況から第1巻が始まり、サブタイトルのとおりにオークによるエルフ殲滅といったハードな展開へと進んでいく。 ここで「野蛮」とあるオークが、実際にはまったく野蛮ではないところがこのシリーズの大きなポイント。ディネルースはオーク族とも戦ったことがあって、他の魔族を食らうほどに貪欲で、略奪のために戦いばかりしている獰猛な種族といった認識を抱いていた。ところが、グスタフは親切で彼が率いる軍隊も統率がとれていて、救出したダークエルフたちを蹂躙することはなかった。 グスタフが王となってオークの国は魔族を食らうことを止め、他の種族を蹂躙することもせず、ひたすら食料の増産や工業の発達、そして経済的な発展に努めてきた。軍隊も現場についてはしっかりと装備を整え、中枢では緻密な作戦を立てることができる体制を構築し、どこにも負けないものにしてきた。 逆に「平和」とついていながらエルフの国は、他の魔族を相手にした争いを続け、グスタフの台頭で対外戦争が難しくなってからは、国内にいたダークエルフを差別しやがて虐殺するようになっていた。外から見れば平穏でも、中では差別や虐殺といった事態が起こっていることは、現実の世界でもたびたび起こっている。『オルクセン王国史』にはそうした歴史を異世界で再現しているところがある。 そして、これも現実の歴史をなぞるように、後進国だったオルクセン王国はグスタフという為政者を得て発展し抑圧に対して反抗していく道を辿る。ここでグスタフが国家運営においてどのような施策を繰り広げたのか、戦争においてどのような作戦を繰り出したのかが、戦争の絶えない世界を生き延びるための指針となる。 まず国を富ませ、国民を飢えさせないようにする。そして軍隊を整備する。戦場では武器の性能や戦術が重要になるが、それを活かすためには軍隊を支える兵站であり戦場へと運ぶ輜重が大切だ。それらをしっかりと実行してみせるグスタフには、『銀河英雄伝説』におけるヤン・ウェンリーのような知性と、ラインハルトのようなカリスマ性が感じられる。オークという豚に似た見た目の壁を越えて惹かれてしまうキャラクターだ。 第2巻ではいよいよエルフィンド侵攻に向けて物語が動き出す。外交の範囲内でどれだけの正当性を侵攻の口実として立てられるか。グスタフによるそのためのロジック作りがなかなかにスリリングで、軍隊に対する采配もゲームに勝つための布石を見ているようで勉強になる。巻末でいよいよ始まった対エルフィンド戦の流れの先には、戦略であり戦術といったミリタリー小説ならではの楽しさも味わえるだろう。 その先で、エルフィンドを率いる女王の思惑も明かされそう。ダークエルフの虐殺を許すくらいに悪逆非道なのか、それとも何か理があるのか。グスタフと同様に出自に関する秘密もありそうで、邂逅によって何かが明らかにされるのかといった興味を誘われる。ファンタジー世界を舞台にした本格的な軍事と外交と治政の物語を楽しんでいけそうだ。 戦争が始まってしまえば、あとは勝つか負けるか、死ぬか生きるかの戦いがいつ果てるともなく続く。そうした戦場に生きる兵士たちの日々を、衛生兵の視点からつづった物語が、まさきたま『TS衛生兵さんの戦場日記』シリーズだ。シューティングゲームのプロゲーマーだった男性が、異世界にノエルという名の少女として転生し、そこで回復魔法の適性を見出され、徴兵されて衛生兵として戦場に送り込まれる。 傍らに居た仲間が次の瞬間に死んでいる理不尽。敵陣に突撃を命じる上官の無謀。水木しげるの『総員玉砕せよ!』なり映画『プラトーン』に描かれた戦場の苛烈さがこれでもかと繰り出され、戦争なんて絶対に行きたくないと思わせる。それでも行かざるを得ない事情があるのなら、そこでどう振る舞うべきなのかが、ノエルの日常から感じ取れる。 衛生兵として治癒の力を持つノエルが傷ついた仲間を救おうとして魔法を使ったことを、上官の小隊長は激怒して殴る。制限のある魔法を使う相手は自分だけ。そう言う上官は命が惜しい訳ではなく、戦争を終わらせることができる自分は絶対に死んではいけないという確信を抱いている。無茶苦茶だか全く理がない訳ではない。 傷ついた仲間を助けようとして、そこでノエルが死んでいたら物語自体が終わっていた。自分だけでも生き延びることがどのような意味があるのか。当時分からなかったその理由が、第3巻で衛生小隊長となったノエルにできた部下のとった同じような振る舞の結果から見えてくる。優しいだけでは生きていけない戦場の残酷さを感じ取ることで、戦争というもに対するスタンスを考えよう。 敵のサバト連邦が繰り出す作戦や、対抗するノエルたちオースティン帝国の戦い方からは、軍略ものとしての面白さも味わえる。ノエルは生き延びることができるのか。ゲーマーだった前世の経験が活かされる時が来るのか。そうしたことも含め、戦いの帰結を見極めたくなるシリーズだ。 戦場で少女といえば、カルロ・ゼンによる『幼女戦記』シリーズも巻を重ねて戦場の泥沼化が進んでいる。帝国で魔導師たちの軍団を率いるターニャには、日本の会社員だった時に学んだ歴史や軍事の知識があって、少女として転生した際に身に付けた強大な魔法の力と合わせることで、周辺諸国を相手にした戦場でめざましい活躍を見せている。 そうしたターニャの戦いぶりがシリーズの読みどころと言えるが、大局的には帝国はジリ貧で、このままでは滅亡は必至。そのことを分かっているターニャは、自分を気に入ってくれている中枢の将軍を動かし、滅亡には至らないような道筋を作る。戦闘でのアクションがあり、戦場での駆け引きがあり、戦局での策略もあってとそれぞれのレイヤーから戦争の大変さを感じさせてくれるシリーズだ。
タニグチリウイチ