映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』レビュー──キャストはもちろん、強力布陣によるスタッフワークも見どころ!
『チャーリーとチョコレート工場』で有名な工場長、ウィリー・ウォンカの若き日をティモシー・シャラメが演じる映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』が12月8日(金)に公開される。この作品の見どころを篠儀直子が解説する。 【写真つきの記事を読む】映画の見どころをチェック!(全11枚)
古典ミュージカルの引用にも注目
可愛いだけじゃなく、英国流のアイロニカルで凶暴な笑いも満載の『パディントン』(2014)およびその続篇の『パディントン2』(2017)は、どちらも筆者のお気に入りの映画だ。『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、これらと同じポール・キングの監督作。彼にいつかミュージカルを撮ってほしいという、以前からのわたしのうっすらとした期待がついに実現した格好だが、さて出来栄えはどうか。 一流のチョコレート職人が集まる街へ、若きウィリー・ウォンカ(ティモシー・シャラメ)が意気揚々とやって来る。亡き母(サリー・ホーキンズ)と約束した、世界一のチョコレート店を作る夢をかなえるためだ。ところが早速、悪徳宿屋の女将、ミセス・スクラビット(オリヴィア・コールマン)の罠にはまり、一生返せないほどの借金を背負って働かされる羽目に。同じ宿でこき使われている少女、ヌードル(ケイラ・レーン)の助けを借りて、毎日わずかな時間だけ宿を脱出、屋台でチョコレートを売りはじめる。 ウォンカの不思議なチョコレートは大評判となるが、実はこの街、大手チョコレート業者の3人組(パターソン・ジョセフ、マシュー・ベイントン、マット・ルーカス)に牛耳られていた。警察署長(キーガン=マイケル・キー)にも教会の神父(ローワン・アトキンソン)にも手を回している彼らの策略によって、ウォンカは大ピンチに陥る。彼の味方はヌードルと、同じくミセス・スクラビットに借金を負わされて働いている仲間たち。果たしてウォンカは妨害をはねのけ、夢のチョコレート店を開くことができるのか? ティム・バートンらによって映画化されてきた、ロアルド・ダールの小説『チョコレート工場の秘密』の登場人物、ウィリー・ウォンカの若き日を語るというかたちで新たに作られたオリジナルストーリー。悪徳企業家3人組に、主人公が仲間たちとともにゲリラ的に戦いを挑むという枠組みは、同じダールの『父さんギツネバンザイ』(ウェス・アンダーソン『ファンタスティック Mr.FOX』[2009]の原作)を下敷きにしていると思われる。 さて、その物語が展開される舞台は、まるでディケンズと『レ・ミゼラブル』を合わせたみたいな世界だ。現実世界ではなく、20世紀前半の英国都市のパラレルワールドだと思ってご覧になるのがよいだろう。映画の序盤は作品世界の構築にもっぱら力を注いでいる感じで、興味深くはあるけれども何だかぎこちない。だが、動物園のキリンの横でヌードルとウォンカが歌いはじめるナンバーが、振付けも撮影も、楽曲の進行につれての展開も素晴らしく、映画はここから加速しはじめる。 ナンバーは1曲を除いて(注)すべてこの映画のためのオリジナル曲であり、みんなキャッチーだ。振付けには古典ミュージカルの引用もあちこちに見られる(一度見たら忘れられない、『パリの恋人』[1957]の書店のハシゴのくだりも!)。チョコレート業者3人組など、歌うキャストはみんな声がよく、超絶技巧よりも芸で見せるタイプの顔ぶれがそろっていて楽しませる。ヒュー・グラント演じるウンパルンパは反則級の可笑しさ。しかしそうした歌と踊りのよさだけでなく、音楽とぴったりマッチした編集リズムと撮影が、映画全体を踊らせる。 強力布陣によるスタッフワークも見どころだ。撮影はパク・チャヌク作品(『オールド・ボーイ』[2003]『渇き』[2009]『イノセント・ガーデン』[2013]『お嬢さん』[2016]等)で知られるチョン・ジョンフン、美術はクリストファー・ノーラン作品(『プレステージ』[2006]『ダークナイト』[2008]『インターステラー』[2014]『TENET』[2020]等)で知られるネイサン・クロウリー。リンディ・ヘミングによる衣裳のスタイリングも素晴らしい。 注:その1曲というのは、メル・ステュアート監督、ジーン・ワイルダー主演による『夢のチョコレート工場』(1971)のタイトル曲、“Pure Imagination”。曲の使用理由は複合的なものだろうから断言はできないが、もしかしたら製作陣は、ロアルド・ダール『チョコレート工場の秘密』の映画化作品として、バートン版よりも、ある種のカルト・ムービーとして人気を得ているステュアート版のほうに愛着があるのかもしれない。 『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』 12月8日(金)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. 公式ホームページ:https://wwws.warnerbros.co.jp/wonka/index.html 篠儀直子(しのぎ なおこ) 翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』(青土社)など。 編集・横山芙美(GQ)