ネコとハト、スパイに向いているのはどっち? 実際に試した結果が両極端すぎる
メダルを贈られたハトの集団スパイ
もっと有能な動物スパイを必要としたCIAは、アコースティック・キティの生来の敵である鳥に着目した。特に、つつましいハトに期待を寄せた。古代から戦場では伝書バトとして活躍してきた。しかし、ハトがスパイとして本領を発揮するようになったのは、第2次世界大戦中のことだ。 第2次世界大戦の初期、ドイツ軍の快進撃によって英国の諜報ネットワークは破壊されてしまった。ドイツ占領下のヨーロッパでは航空機による偵察ができず、ナチスの悪名高い暗号「エニグマコード」もまだ解読されていなかった。しかし、危機に瀕した英国では、第1次世界大戦中に前線の通信にハトを利用していた退役軍人たちが、思い切ったアイデアを生み出した。 「英国空軍の航空機からハトを落とすことにしたのです」。英国の安全保障ジャーナリストで『Operation Columba: The Secret Pigeon Service(オペレーション・コロンバ:シークレット・ピジョン・サービス)』の著者であるゴードン・コレーラ氏は、このように話す(Columbaはカワラバトの意)。ドイツが占領したヨーロッパの上空をひそかに飛行し、「ハトを入れた箱にパラシュートを付けて落下させ、ハトが情報を持ち帰ることを期待しました」 家々の庭や田畑に着地した箱に入っていたハトたちは状況が飲み込めなかっただろう。ナチスの占領下で必死の抵抗を試みていたフランスとベルギーの村人たちは、生命の危険を冒して小さな紙片にメッセージを書き、筒に入れてハトの足に結びつけた。 「ハトには帰巣本能という素晴らしい能力があります」とコレーラ氏は話す。「この能力の仕組みは完全には解明されていませんが、数百キロメートル離れた見知らぬ土地で放たれても、鳩舎(きゅうしゃ)まで戻ることができるのです」 この作戦は大成功を収めた。レーダー装置やナチス軍の動き、巡航ミサイルV1ロケットの発射台に関する情報などが書かれた1000通ほどのメッセージをハトたちはロンドンに持ち帰った。戻ってこないハトも多くいたが、その勇気をたたえ、ハトたちにはメダルが贈られた。 第2次世界大戦の終戦後も、ハトのスパイ活動は続いた。冷戦時代には、核戦争が起きた際に放射性物質で汚染された空を伝書バトが飛べるかどうかを、英国の諜報機関が実験した。 1970年代の米国では「タカナ作戦」という計画が存在した。CIAが設計したハトに合わせた小さなフィルムカメラを装着したハトを改造車両の床の落とし戸から放し、鳩舎に戻る途中にソ連の軍事施設上空を飛んで、現代のスパイ衛星よりも解像度が高い写真を自動撮影するというアイデアだ。 CIAは、ハヤブサやワタリガラス、オウムなどでも、カメラを装着して飛ばす訓練を試みたことがある。しかし最終的に、人目を引かず、着陸せずに長距離を飛び、確かな帰巣性を持つ地味なハトがスパイとして最適という結論に達した。