ボサノヴァとフォーク、次世代の感性で掘り下げた静かな魔法 リアナ・フローレスが語る
近年、ボサノヴァを様々なやり方で解釈する若いアーティストが増えている。例えば、レイヴェイ。今やカリスマとなった彼女にインタビューしたとき、アストラッド・ジルベルトへの関心を語っていた。さらにメイ・シモネス。日本にもルーツがある彼女の音楽はポップな歌ものだが、バークリー音大で学んだジャズとボサノヴァの要素が鍵になっている。少し前には、ビリー・アイリッシュまでもが「Billie Bossa Nova」という曲を書いていたりもする。 【画像を見る】史上最高のギタリスト250選 リアナ・フローレスもそのひとりだ。彼女はそこからもう一歩踏み込んで、ボサノヴァを取り入れるだけでなく、ブラジルのアーティストとのコラボも実現させた。そんな彼女にひたすらボサノヴァの話を聞いてみたいと思って、デビューアルバム『Flower of the soul』を携えて、12月に実現した初来日公演の前に取材を行った。イギリス人の父とブラジル人の母を持つ彼女が、Spotifyをさまよいながらひとりで掘り進めたブラジル音楽への愛がどれだけのものかを聞くことができた。 ただ、それだけでは彼女の音楽は理解できない。もうひとつの重要な要素でもあるフォーク・ミュージックについても話を聞いた。来日公演でも英国トラッド系ロックの重要バンド、ペンタングルの名曲をカバーしていただけあり、フォークへの愛も深い。 新世代の彼女がプレイリストを頼りにただやみ雲に音楽を聴いているのではなく、自身の関心に向かってしっかりリサーチしながら理解を深めているのがわかる。「TikTokでバイラルヒットした1999年生まれ」みたいにも語られがちだが、すでに地に足のついたアーティストだと実感した取材だった。
ボサノヴァを追求し、体得していく過程
―まずはボサノヴァとの出会いについて聞いてもいいですか? リアナ:幼い頃、ベベウ・ジルベルトのアルバム『Tanto Tempo』(2000年)をよく聴いていたのがきっかけ。特に「Alguém」という曲は何度も繰り返し聴いた。当時はボサノヴァというジャンルをよく知らなくて、ただ好きで聴いていただけ。年齢を重ねるにつれてどんどんのめり込んでいった。ガル・コスタ、カエターノ・ヴェローゾ、ナラ・レオンとの出会いがさらにその熱を深めるきっかけになった。 ―ガル・コスタ、カエターノ・ヴェローゾ、ナラ・レオンの音楽とは、どのように出会ったのでしょう? リアナ:母方の家族が彼らのことをよく話していたこともあって、名前は自然と耳にしていた。それに、今はインターネットのおかげでいろんな音楽を簡単に知ることができる。新しい音楽にふと出会えるのも、特定の音楽を探せるのも、今の時代ならでは。音楽オタクのあなたたちにとっては言うまでもないだろうけど(笑)。例えば、カエターノとガル・コスタは『Domingo』(1967年)が最初だったかな。 ―『Domingo』のどんなところに魅力を感じますか? リアナ:やっぱり、あのアレンジメント。金管や弦楽器の絶妙な軽やかさがあって、ミニマルでありながら、すべてが詰まっている。シンプルな音楽が好きで、それがボサノヴァに惹かれる理由の一つ。控えめなヴォーカル、簡潔なアレンジ、そこにジャズの複雑なコードが融合しているところがとても好き。 ―『Domingo』に関して、ご自身の作品に影響を与えた曲があるとすれば、どれでしょう? リアナ:チン・ベルナルデスに参加してもらった「Butterflies」。デュエットのアレンジや選曲に『Domingo』の影響が強く出ている。『Domingo』にはカエターノとガルのデュエットが多く収録されていて、男女の声の組み合わせ、ミニマルなアレンジメントを追求するきっかけになった。この曲は『Domingo』へのオマージュでもある。 ―カエターノとガルの音楽性はその後変化していきます。カエターノはボサノヴァに立ち戻る瞬間もありますよね。カエターノのどの作品が好きですか? リアナ:『Transa』(1972年)がお気に入り。あのアルバムの収録曲はどれも大好きで、特に、彼がブラジル人としてロンドンへ亡命していた時期の心情がよく表れていると思う。異なる文化が交錯して生まれた音楽に魅力を感じる。ボサノヴァはある意味、極端なまでに整えられた音楽で、ジョアン・ジルベルトの影響を強く受けた静かな芸術だと思う。でも、カエターノは、その型を破って自由な精神で実験を続けた。それが『Transa』にも反映されているから。 ―カエターノとガルはサイケデリック・ロックに影響を受けたムーヴメント、トロピカリアの中心人物ですが、トロピカリアには興味はありますか? リアナ:ええ、とても。ガルやカエターノと出会えたのは幸運なことだったし、昨年はロイヤル・アルバート・ホールでジルベルト・ジルにも会えたんだ! 本当に感動した。私はボサノヴァが大好きだけど、トロピカリアにも興味がある。 ―というのも、あなたの一作前のEP『The Water’s Fine!』(2018年)からはトロピカリアのようなセンスを感じたんですよね。 リアナ:制作中は「こんな作品を作ろう」って意識したわけではなかった。実は、あのEPをレコーディングした頃は、まだそこまで音楽にのめり込んでいなかったから(笑)。レコーディングもパソコンで行なって、頭に浮かんだものをそのまま演奏しただけ。そういう意味では、あのEPは実験的要素にあふれている。いい意味での試行錯誤の結果だと思う。 ―先ほどジョアン・ジルベルトの名前も挙がりましたが、彼からはどのような影響を受けたのでしょうか? リアナ:私は、ジョアン・ジルベルトのレコーディングを通じてボサノヴァのギターを学んだ。耳で覚えようと努力した。コードやヴォイシングについて言えば、彼の影響が一番大きい。彼が用いたヴォイシングをいろいろな場面で応用しているから。彼から学んだコードは、このアルバムの多くの曲で使っている。それから、彼のヴォーカルも大好き。もちろん、多くのボサノヴァの歌手から影響を受けたけど、彼は特別。誰もが尊敬する存在だと思う。 ―どのアルバムがお気に入りですか? リアナ:『João Voz e Violão』(ジョアン 声とギター:2000年)。シンプルさを極めた作品だと思う。 ―カエターノがプロデュースしたアルバムですね。 リアナ:そうなの? 知らなかった!