ヒコロヒー メン・オブ・ザ・イヤー・ブレイクスルー・エンターテイナー賞──自分自身が楽しむことが、誠実でいる秘訣
芸人としての核となる単独ライブのほか、テレビ・ラジオのレギュラー多数、そしてコラムや書評連載も抱えるヒコロヒー。2023年はドラマ『だが、情熱はある』の演技が各所で絶賛され、より幅広い層のファンを獲得した。すでに芸人としてブレイクしている彼女だが、改めて「ブレイクスルー・エンターテイナー」として賞を贈る。 【写真つきの記事を読む】ヒコロヒーのカッコいい写真をもっと見る!
見慣れたニュアンスカラーのセットアップから、艶めくブラックスーツ、そして大胆な赤いドレスへ──。普段とガラリと雰囲気が変わっても、堂々とした立ち姿はいつもの通りだった。 「撮影はご迷惑をおかけしないように……。いい経験でした」 ヒコロヒーは簡潔に感想を口にする。 2021年のブレイク以降、順調に仕事の幅を広げてきた。冠番組『キョコロヒー』は深夜の20分番組から始まって、2023年は東京国際フォーラム5000席のイベントチケットを完売。そのほかにテレビのレギュラーが5本、ラジオが3本、そしてコラムや書評連載も抱える。それでいて芸人としての根幹をなす単独ライブも年1回開催し、さらに11月には新ネタライブやトークライブなど、1日3本立ての公演も実施した。多忙を極めた1年を振り返っても「いろんなことをやらしていただいたな、という感じですかね」と気負いがない。どんな場所にいても無理をしている空気がないのは彼女の魅力のひとつだ。 「たしかに、アジャストしていこうって感覚はあんまりないかもしれないです。無理をしてると観ている人にバレると思うし、私自身がその時に思ったことを言ったり楽しんだりするのが、いちばん現場も誠実な空気になると思っています」 バラエティのみならず、コンスタントにドラマや映画にも出演する。なかでも、2023年に大きな話題を呼んだのが、ドラマ『だが、情熱はある』だ。オードリー若林正恭と南海キャンディーズ山里亮太という芸人2人の軌跡を描いた同作は、お笑いファンからだけでなく、多くの視聴者に絶賛された。ヒコロヒーは山里の母・瞳美を演じている。 「すごく大きな反響をいただきました。体感としても、ヒコロヒーのことは知らないけどおかあちゃん役は知ってる、という方が増えましたね。じつは、3年くらい前までは、お芝居の仕事は全部断っていたんです。お笑いでまだ知られていない時期に他のことをやっても……と思っていたのですが、ある時から自分の勉強のためだと思ってやらせていただくようになりました。今回も本当にいろんなご縁で声をかけていただいて。去年のドラマ(『泳げ!ニシキゴイ』)と同じ現場チームだったので、『またあの人たちとお仕事ができるのであれば』という気持ちで臨みました」 自身も芸人として長い下積み時代を送ってきた。エッセイ『きれはし』(Pヴァイン刊)では、その頃のことを「望みを捨てられぬまま、狭霧ばかりが立ちこめる道を自分で編んだ靴で歩むしかないという状況など、ほとんど拷問のようなものである」と綴っている。ドラマでは主役2人のそうした時期を克明に描いていただけに、かつての自分と重ね合わせることもあったのではないだろうか。 「『わかるな』と思うところもあったり、売れない芸人の息子に母として言葉をかけるシーンでは、セリフを言いながら自分に跳ね返ってくる感じがしたりしましたね。思い出すというより、食えなかった時代のことはずっと自分に染み付いているんだなと。そっちがベースになってしまっているところはありますね」 泥水をすすった時間が長い人ほど、その頃には戻りたくないと思いそうなものだが、「そういう怖さはあんまりないですかね。ダメでも元の暮らしに戻ればいい、と思っているのかもしれないです、もしかしたら」と達観をのぞかせた。 ■「あかんかったら、あかんでしゃあない」 一方、忙しい日々を送る中で、自分自身の“にんじん”が何なのか、まだ模索中だという。 「現場現場で面白いことが言いたい、面白いと思われたい、というのは根本にあるんですけど、その次の次元の『お金が欲しい』、『いいおウチに住みたい』、『ブランドものが欲しい』みたいな欲求があんまりないんです。そうなると、何をご褒美にしたらいいのかなって」 そこで思いついたのが旅行だった。もともと海外へ行くのは好きで、20代の頃から世界遺産を見に貧乏旅行をしていたという。 「これがモチベーションになるかどうかは自分の中でも探っている最中なのですが、知らない場所に行って、街や人を見ているだけで楽しいですね。『昼飯は何食いに行こう』とか『この時間内にあそこまで回れるかな』とか、そんなことばっかりに頭が支配されるので、ある意味でリフレッシュに繋がっているのかなと思います」 2023年で印象に残った出来事を聞くと、仕事でアメリカへ行った時のことを挙げた。 「現地のスタッフさんとしゃべる時、雑談の内容が日本とはまったく違うのが面白くて。『天気がいいね』とかではなくて、『自分には妻がいるんだけど、こんな出会いだったんだ』、『東京だとあそこに行ったことがあって、こうだった』みたいな話をするんですよね。ちょっとした会話の中でごく自然に自分という人間を知ってもらって、相手を知ろうとしていることにちょっとびっくりしました。限られた時間の中で信頼関係を築こうとしているのが印象に残りましたね。もちろん、日本とアメリカのどっちが良い悪いということではなくて。でも、自分もそうありたいなと思いつつ、できない日の方が多い、という感じです」 激動の1年がまた終わり、新しい年がやってくる。2024年の目標を尋ねると、「早い……。あっという間ですね」と呻いた後に、「機嫌よくお仕事をして、周りの人たちにも『楽しかったな』と言ってもらえたらいいなと思います」と答える。 「今やっているレギュラー番組を観てくださっている方に、もっと濃く好きになっていただけるように、スタッフさんたちと協力しながら、現場現場で自分のやれることをやっていきたいですね。それであかんかったらあかんでしゃあないな、と。あとは、面白いことをたくさん言いたいです」 それは彼女自身の力で間違いなく達成されるだろう。ちなみに、もうひとつは「ちゃんと夜に化粧を落として寝たいです。毎年言ってるんですけど、なかなか……」とのこと。こちらも成就することを願っている。 【お知らせ】 撮影の様子をおさめたショートムービーを、Instagramに近日投稿予定! @gqjapan をフォローしてお待ち下さい。お楽しみに! GQ JAPAN公式Instagramアカウント: https://www.instagram.com/gqjapan/ ヒコロヒー 1989年、愛媛県生まれ。大学在学中、学園祭でのスカウトをきっかけに松竹芸能大阪養成所に入所、2011年にピン芸人としてデビュー。独特の世界観とキャラクターで描く1人コントが人気で、単独公演は毎回即完売。バラエティ番組出演の他、ドラマ・映画出演、執筆やデザインまで幅広く活躍。24年1月に短篇小説集『黙って喋って』(朝日新聞出版)が発売予定。 PHOTOGRAPHS BY YUSUKE MIYAZAKI @ SEPT STYLED BY TOMOKO IIJIMA HAIR STYLED BY JUN GOTO @ OTA OFFICE MAKE-UP BY SADA ITO FOR NARS COSMETICS @ SENSE OF HUMOUR WORDS BY MISAKI SAITO EDITED BY FUMI YOKOYAMA @GQ