安田顕の俳優としての底知れなさ 『大奥』田沼意次の邪悪さに背筋がゾクッとする!
愛のない相手との政略結婚のはずだったのに……。家治(亀梨和也)への淡い想いを側室がいるということへの嫉妬とともに自覚した倫子(小芝風花)。現在放送中の『大奥』(フジテレビ系)では、やり場のない気持ちが涙となって次々に溢れ出てしまう倫子の姿が切なく映し出された。家治や倫子だけでなく、定信(宮舘涼太)やお知保(森川葵)、そしてこれから登場する倫子の幼なじみ・久我信道(鈴木仁)の中で揺れ動く恋心とあわせて目が離せないのが、政に関わる男たちの人間関係である。 【写真】『大奥』小芝風花インタビュー撮り下ろしカット 特に田沼意次を演じる安田顕が不気味すぎる。まさに怪演といえる演技を見せているのだ。田沼は、貧乏な旗本出身ながら、家治の父の代から重用され、破竹の勢いで出世を果たし、小姓から将軍の側近である側用人、さらには幕政のトップの老中にまで上り詰めた。今なお、自身の出世を狙う上昇志向の塊で、人を脅すこと、騙すことも平気でやってのける。 第4話で田沼は、母を亡くした直後の幼い家治をわざわざ呼び出し、牢に収容されたある男と面会させた。そしてこの男は母・お幸(紺野まひる)と密通しており、家治の本当の父だと言ったのである。その上、田沼はその男をあえて家治の前で斬った。この時の、水桶の中の水が血の色に染まっていく様子を家治は成長した今でも時折思い出している。きっとその後の、震える手で男の懐にあった扇子を取り、目をひん剥いて、高笑いする田沼の姿も鮮明に覚えているのだろう。お幸が亡くなっているため真相は分からないが、男とお幸の方の関係はでっちあげの可能性もある。だが、こんなトラウマを植え付けられては、家治が田沼に逆らわないように行動するのも無理はない。 また、田沼は御三卿の田安徳川家の跡継ぎであった定信が養子に出された件にも関わっていた。定信の父・宗武(陣内孝則)は息子を容姿に出すのを嫌がり、田沼に凄んでみせたが、田沼はびくともしなかった。明らかに宗武の方が体格が大きく、風格があって威圧感もあるのに、彼を下から睨めつける田沼の方がその場を支配していた。その姿は邪悪さがあり、自分より大きい獲物を毒牙にかけようと狙っている蛇を思わせた。 家治や倫子、定信やお品(西野七瀬)など、本作の登場人物たちは基本的に優しく、ほんわかとした雰囲気を持っている。しかし、そこに田沼が1人いるだけで、それがガラリと変わってしまうのだ。物事は優しさや聡明さだけでは成り立たない。時にはずるいと思われるような策略も必要なのだということをまざまざと見せつけられる。倫子を陥れようと結託する大奥総取締・松島の局(栗山千明)と田沼には、背筋がゾクッとしたほどだ。 安田は、最近では『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(TBS系)や『セクシー田中さん』(日本テレビ系)などで娘や女性を優しく見守る“イケおじ”を演じていた。それだけにこの田沼が与える恐怖感に、改めて安田の俳優としての“底知れなさ”を思い知らされた。 倫子が自分の気持ちに気が付き、お知保も素直な気持ちを家治に伝えた。大奥史上最も切ないラブストーリーはこれからどんどん加速していくだろう。そんな中で田沼の立ち振る舞いも変化してくるに違いない。さらに極悪になるかもしれないと思うと震えてくる。美しいラブストーリーの裏にあるこの禍々しい感じこそ、まさに『大奥』の醍醐味ではないだろうか。
久保田ひかる