「モンティ・パイソン」など英国コメディーに影響受けた医療的ケア児の母が記録した写真集 ユーモアまぶし伝える透明人間な日々
東京都府中市の山本美里さん(44)の次男瑞樹(みずき)さん(15)=特別支援学校高等部1年=は、たんの吸引や人工呼吸器が必要な医療的ケア児(医ケア児)だ。瑞樹さんが小学部に入学して以降、山本さんはほとんどの期間、学校から付き添いを求められてきた。体調急変に備え、存在感を消し、待機する。そんな日々を、好きな写真を勉強して記録し始め「透明人間 Invisible Mom」のタイトルで出版もした。4月、福岡市で開かれた個展会場で山本さんに話を聞いた。 (野津原広中) 【画像】作品「以心伝心」 写真集の作品「以心伝心」は、物陰から伸ばした山本さんの人さし指が、ほほ笑む瑞樹さんの顔に触れているように見える。 「学校は教育現場であり、子どもたちの自立の場です。必要なとき以外、お母さんは気配を消していてください」 瑞樹さんの入学直後。医ケア児の保護者の待機室に詰める山本さんは、学校関係者にこう言われた。 写真集につづった。「毎日座っているだけでも拷問なのに…組織ぐるみのいじめかな?」 作品「修学旅行」は、修学旅行にも全額自己負担で同行を求められたのに、記念写真に入れなかった経験を表現した。「先生たちの協力も得て、校庭で再現して撮りました」と話す。 困難な現実に、風刺やユーモアをまぶしてカメラに収める。高校を出た後、山本さんは英国に1年留学した。現地のコメディー「ミスター・ビーン」や、コメディーグループ「モンティ・パイソン」に影響を受けたのだという。 瑞樹さんは、先天性サイトメガロウイルス感染症で脳にダメージを負い、ずっと寝たきりで暮らす。「話せませんが、笑ったり泣いたり、怒ったりしている感情は伝わります」 2015年に瑞樹さんが小学部に入った当時、緊急時に呼吸を助ける手動の機器を使う可能性があった。都教育委員会の手引は、この措置に関して「学校配置の看護師ができる」とは書いていなかった。結果、緊急措置の対応で「『お母さん、お願いします』と学校に付き添いを求められました」と振り返る。 山本さんは仕事を辞めた。校内での待機は1日6時間。年に数回ある緊急時に備える。「社会からも学校からも、私は透明な存在になった気がしました」 精神的に耐えられず、付き添いを週5日から4日に減らした。残る1日は、学校を休んだ瑞樹さんが民間のデイサービスに通うことにした。その間に、たまった家事や瑞樹さんの兄と姉、弟の予定をこなし、自らの休息にも充てた。 同じ頃、世の中の役に立ちたいと、保護猫の引き取り手探しも始めた。猫を撮影して交流サイト(SNS)で公開すると、「いい写真」と後押しするコメントが寄せられた。写真技術を学ぼうと、思い立った。 17年から3年間、京都芸術大の通信教育部で学び、オンラインと東京会場で指導を受けた。「写真を通してメッセージを表現することを知りました」。卒業制作に向けたリポートには、医ケア児の現状への不満をつづった。「父親ではなく母親が、当然のように仕事を辞めて付き添うのはおかしい」「学校が長時間の待機を求めるのは社会問題ではないか」「それなのに現状が知られていない」-。 指導教官からは「自分を主体に撮りなさい」と助言された。世の中に伝えたいことを持つ自分を被写体にすべきだ、と。 特別支援学校の校長を説得し、山本さんは校内で撮影を始めた。教師たちにも「モデルになってほしい」と求めた。ミラーレスカメラを三脚に据え、スマートフォンに連動したシャッターを切る。 そんな中で「何とかしてあげたいけれど制度的にできない」という教師個人の心情も分かり、人間関係が築かれていった。 自らを撮影することで「自分と向き合い、冷静に客観視できるようになりました」と効果を感じている。「苦しかった生活を『笑えるかも』と思えました。写真が、みんなを不快な気持ちにせず物事を進める手段にもなっています」 大学の学長賞も受けた作品群の写真集を、21年に自費出版した。ネットの美術記事で紹介され評判となり、23年に編集をやり直し、タバブックスから再出版した。写真展は22年から本格的に始め、北海道から熊本県まで15カ所ほど回った。福岡市では書店「ブックスキューブリック箱崎店」で開いた。 「私と同じ境遇の保護者に、『そこにあなたがいるのは分かっている』『私はここにいるよ』と伝えたい」と写真展の目的を語る。「社会にも現実を知ってほしい。障害者運動の記録でもあります。将来『こんな時代もあったんだね』と笑いながら見てもらえたら」と、山本さんは言う。
【医療的ケア児】
チューブを通した栄養摂取、胃ろうなどの「医療的ケア」が日常的に必要な高校生以下の子。こども家庭庁と厚生労働省は2022年の在宅の医ケア児を2万385人(0~19歳)と推計する。 文部科学省の23年度の調査では、特別支援学校(幼稚部-高等部)に在籍する医ケア児は8565人おり、うち338人が学校生活で保護者の付き添いを受けていた。付き添いの理由は「医療的ケア看護職員などはいるが、学校・教育委員会が希望しているため」が122件で最多だった。 地域の幼稚園、小中学校、高校に在籍する医ケア児は2199人で、うち426人は保護者が学校生活に付き添っていた。