高齢者も稼げる社会へ マイナスをプラスに変える男
2022年、日本の出生数が80万人を割り、1.26という過去最低の出生率を記録したニュースに衝撃を覚えた人は多いかもしれない。その一方で 、75歳以上の人口は23年に2000万人を超え、いまや10人に1人が80歳以上の高齢者だ。すさまじい勢いで少子高齢化が進んでいることが分かる。世界一の高齢化率を誇る日本で、これまで通りの手厚い社会保障を維持できなくなるのは時間の問題だろう。 【関連画像】リールステージ(奈良市)と、あをに工房(奈良市)の社長を務める中山久雄氏(写真=あをに工房提供) つい目を背けてしまいたくなるような現実だが、むしろこれをチャンスと捉える勇敢な男がいる。奈良県に本社を構えるリールステージ(奈良市)と、あをに工房(奈良市)の社長を務める中山久雄氏である。 彼のビジネスで注目すべきなのは、老人ホームや保育園の運営を行うと同時に、60歳以上の高齢者の就労を支援する、あをに工房の拡大に精力を注いでいる点だ。中山社長は、あをに工房を起点として、仕事によって高齢者の生きがいをつくり、少子高齢化で低迷の一途をたどる日本の労働生産性を改善させることを目指している。「高齢者が稼げる社会づくり」こそが、彼の描く日本復活のビジョンだ。 ●海外勤務で実感した日本の地位低下 中山社長は新卒で出光興産に入社し、11年間海外営業・マーケティングに従事。その後、石油化学業界の世界的企業であるサウジアラビアのサウジ基礎産業公社(サビック)に転じた経歴を持つエリートサラリーマンだった。 サビック在籍中には海外勤務も経験した。そこではアジア・パシフィックのヘッドクオーターで日本人のマネジャーが一人もいないことにショックを受けた。それどころか、既存の日本企業のクライアントのために少数の日本人営業を据え置いているという状況で、もはや誰も日本の市場に興味を持っていなかった。残念ながら、それが日本市場に対する今の世界のコンセンサスなのだと悟った。 その一方で、国内にいる日本人はいまだに「日本がナンバーワン」だとのんきに信じている。「子どもや孫世代のために、日本が沈んでいくのを止めなければ」という焦燥感が華々しいキャリアを捨て、日本の未来を救うための起業を考える原体験となった。 ●悪化した経営環境にこそチャンスがある 起業アイデアを模索していた矢先、父親が経営していた老人ホームで資本構成のトラブルが起きていることを知った。解決の糸口を見つけた中山社長は、かねて起業の意志を抱いていたことも相まって、地元の奈良県に戻って父親の介護事業を引き継ぐことを決めた。 経営者となった彼がまず感じたのが、介護施設運営事業者の多くが「社会保障費の分け前」ばかりを考えていることだった。日本の膨れ上がる社会保障費に危機感を覚えていた彼は、そもそも「社会保障費は低く抑えられた方が良い」という自分の考えがマイノリティーであることに驚いた。 さらにある時、運営する老人ホームの利用者にサービスの感想を聞いてみると、「いやあ、スタッフさん頑張ってるやろ。だから私、合わせたってんねん」という想定外の答えが返ってきた。つまり介護事業において従業員は疲弊し、顧客は満足せず、事業の収益性も低いという、まさに「三方悪し(あし)」の状況だった。 一方で、社会保障費は年間130兆円以上拠出されている。介護事業が巨大市場であることは間違いない。加えて日本人は器用な人が多く、介護作業のクオリティーは世界的に見てもずば抜けて高い。 「これらの特長を利用して新しい仕組みをつくれば、大きなビジネスチャンスになるはずだ」。このようにひらめいたアイデアこそ、高齢者に就労の機会を与える、あをに工房の設立だった。