逃げて、生き抜く姿に強く惹かれる!「逃げ上手の若君」が描く北条時行の主人公らしさ
2024年の夏アニメとして7月から放送中の話題作「逃げ上手の若君」をもう観ただろうか?原作は週刊少年ジャンプで連載中の漫画で、作者はあの「魔人探偵脳噛ネウロ」や「暗殺教室」で知られる鬼才、松井優征だ。時は西暦1333年、鎌倉幕府の滅亡から始まる乱世が舞台。史実をテーマにした歴史漫画ながら、松井節の効いたエンタメ要素と、生きるために“逃げる”異色の主人公を描く壮大な逃走劇となっている。そんな本作の見どころ、物語に惹きつけられる要因に迫っていく。 【写真を見る】生きることからは決して逃げない!生きることで英雄となっていく主人公、北条時行 ■史実をベースにした松井節炸裂のコミカルさ 「逃げ上手の若君」は、鎌倉幕府が御家人だった(のちに室町幕府を開くことになる)足利尊氏(声:小西克幸)の謀反によって滅亡するところから幕を開ける。武士は戦って潔く死ぬことこそが名誉とされていたそんな時代。しかしその風潮とは真逆に、逃げて生き延びることで英雄となったのが本作の主人公。鎌倉幕府を治めた北条家の正統後継者、北条時行(声:結川あさき)だ。 逃げ隠れることが得意な臆病者として描かれる時行は、幕府が滅亡したことで命をねらわれることになり、逃げ上手の才能を発揮。信濃国・諏訪大社の当主で現人神(あらひとがみ)とも呼ばれている諏訪頼重(声:中村悠一)の手を借りながら、鎌倉奪還を目指すというのが物語の大筋となっている。 物語とは言っても史実に基づいた実話である。確かな歴史考証のもとストーリーが構築されているため、日本史についての見識を深められるのも本作の魅力。しかし、当時の人々がどのような会話をしていたのか、どんな話し方や考え方をしていたのか。そういった部分の多くは作者の味つけによるもので、オリジナリティの根幹を担っているのはここだろう。 特に強いインパクトを放っているのは作中で時行を導く重要人物、頼重だ。神力を操ることができ、未来を見ることも可能と言われ、胡散臭い笑みを浮かべながら後光を放つキャラクターとして描かれている。さすがに実際に光を放っていたとは考えられないが、半ば強引ながらも時行を鍛え、武士の棟梁としての在り方を教え込むその姿に、本当にこんな人物だったらいいのに、と感じてしまう魅力にあふれている。こうした人物設定や描写の数々に散りばめられた松井節が史実のなかに混ざり込み、唯一無二のコミカルさを見せているのが非常におもしろい。 ■逃げ続ける北条時行が生きることからは“逃げない” 時行は逃げ隠れの才に長けており、“逃げて生きる”ことで天下を取り戻すべく奮闘する。なにかから逃げ続けるというのはある意味、少年誌の主人公としては異色の存在だろう。しかし逆の考え方もできる。時行は、生きることからは決して“逃げない”のだ。 幕府が滅亡した当初は絶望に打ちひしがれていた時行だが、頼重の荒療治を受けるアニメ第1話では、戦火に燃える鎌倉の町に放り込まれ、大勢の敵兵に囲まれ命をねらわれるなかで死にたくないという本心に気づく。さらに異母兄の北条邦時(声:寺崎裕香)を死に追いやった裏切り者、五大院宗繁(声:伊丸岡篤)と対峙した際には、鋭い攻撃をかわしながら仲間との連携でこれを討つことに成功。逃げることに特化した時行は、その強い生存本能に従って状況を見極めながら目の前の困難を打破していく。 本作のような復讐と奪還を主軸にした物語において、逃げてでも必ず生きて目的を成し遂げようとする時行の人物像は、この上なく主人公に相応しい存在だ。それに、鎌倉奪還という大願のため、必ずしも戦いから逃げているわけではない。信頼できる仲間と共に敵に立ち向かい、逃げることすらも策に用いながら戦っている。そのメリハリのあるドラマからは目を離すことはできず、どこまでも逃げて生きようとする時行の姿に惹きつけられてしまう。本作最大の魅力はここにあると言えるだろう。 ■気鋭のアニメーションスタジオによる映像美と作品を彩る楽曲たち このほか、当時の戦場で見られた残酷な行為の描写も逃げずに描き切り、それでいて圧倒的クオリティの作画を実現しているアニメーションスタジオ、CloverWorksの功績も非常に大きい。また、逃げて勝つ、をテーマにしたポジティブでアップテンポ、和風でロックなDISH//によるオープニングテーマ「プランA」に、敵も味方も、故人も生者も関係なく楽しそうにしている、ぼっちぼろまるによる和風ダンスロックなエンディングテーマ「鎌倉STYLE」も印象的で心に残る。 お堅い歴史ものにはあまり興味がない、逃げるだけの主人公は好きじゃない。そう食わず嫌いしてまだ観ていない人もいるかもしれない。しかし、そんな先入観を覆してしまうパワーが「逃げ上手の若君」には満ち満ちている。 文/リワークス(加藤雄斗)