つげ義春の名言「やっぱり娯楽漫画には興味ないです。」【本と名言365】
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。『ねじ式』や『赤い花』を代表作に、夢と現実の間のような物語をシュールに描く漫画家、つげ義春。独自の世界観とともに漫画界で唯一無二の存在となったつげが考える、“純”漫画のあり方。 【フォトギャラリーを見る】 やっぱり娯楽漫画には興味ないです。 シュールレアリズム漫画の巨匠、つげ義春が若干18歳で漫画家デビューを果たした1955年、世はまさに漫画黎明期を迎えようとしていた。手塚治虫の『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』、横山光輝の『鉄人28号』が人気を呼び、50年代後半に貸本漫画が普及するやいなや、漫画は娯楽のひとつとして確固たる地位を築いていった。若きつげもその流れに乗るように貸本漫画用に作品を手がけるものの、読者や出版社におもねる娯楽作品に疲れ果て、次第に創作活動が行き詰まってしまう。 数年間スランプに陥り、一時は漫画から身を引くことも考えたつげの転機となったのは、1964年に創刊された漫画雑誌『ガロ』。それまでの貸本漫画とは異なり、自由な作風が許された『ガロ』は、つげにとってうってつけの表現の場となる。その後、1966年に発表した短編『沼』を皮切りに、独自の世界観を開花させたつげ。週刊漫画雑誌が人気の高まりを見せ、娯楽漫画が席巻しはじめた1980年代初頭には、こんな言葉を残している。 「今のマンガは作家自体でみんな余裕を持って描いてるんですよ。いい原稿料をもらっちゃってね。……だからね、自分みたいに本当に描きたい物をかかえて、描く場所がないなんて事で悩んだ者が今の作家にはいないんじゃないのかしら。……だって今のマンガ家はもの凄く儲けている人もいますよ。だから自費出版なりなんなりして本を出す事は可能です。それをしないってのは、やはり本来描きたい物を持っていないんですよ」 商業主義に走る漫画界に対し痛烈に批判したつげ。しかし、この言葉は世間の評判や流行にとらわれず、自由に漫画を描いてほしいという漫画家たちへの激励でもある。その後のインタビューでも「やっぱり娯楽漫画には興味ないです」ときっぱり言い切ったつげにとって、自分が本当に描きたいものをありのままに表現した漫画こそ、へつらいのない純粋な漫画なのだ。
つげ・よしはる
1937年、東京都葛飾区生まれ。漫画家、随筆家。小学校卒業と同時にメッキ工場に勤め、転職を繰り返しながら漫画家を目指し、1955年に単行本『白面夜叉』でプロ漫画家デビューを果たす。貸本漫画時代を経て、1960年代後半より雑誌『ガロ』に作品を発表。1968年に代表作『ねじ式』を発表し、シュールレアリズム的漫画の地位を築く。1987年以降、休筆が続くなか、2020年には欧州最大の漫画の祭典「アングレーム国際漫画祭」で特別栄誉賞を受賞する。
photo_Yuki Sonoyama text_Kentaro Wada illustration_Yoshifumi ...