録音データが示す「AT1債」裁判の新たな展開、三菱UFJモルガンは商品性を理解していたのか
そして最も懸念されるのは、日本のこうした実態が、投資家と金融機関の双方に「モラルハザード」をもたらすことだ。 日本のAT1債にも2つのトリガーがある。1つは、CET1比率が5.125%を下回ったら、その資本度合いに応じて元本が削減される「損失吸収事由」。もう1つは、預金保険法に基づき「預金等の全額保護」や「一時国有化」などが行われる第2号措置、第3号措置、特定第2号措置が発動された場合の「実質破綻事由」だ。
クレディ・スイスのAT1債を全額毀損させた企業存続事由のトリガーを日本の破綻処理枠組みに当てはめると、かつてりそな銀行を救済した際に使われた第1号措置または特定第1号措置が該当すると考えられる。だが、これらが発動されても日本のAT1債はトリガー事由にならない。つまり、事実上破綻を回避する目的で公的資金による資本増強や流動性の供給といった公的支援を受けても、日本ではAT1債の元本が毀損しない商品性になっている。
さらに、日本には預保法の救済スキーム以外にも、金融機能強化法による公的資金注入の枠組みがあり、AT1債のトリガーを回避できる万全な公的支援が整備されている。 かりにCET1比率が5.125%を下回ってAT1債の元本が一部毀損するような状況になっても、5.125%を上回ることが見込まれる計画書を金融庁に提出し、金融庁の承認を得られる場合には、損失吸収事由は発生しなかったものとみなす契約にもなっている。
要は、金融庁に裁量があり、ある当局関係者は「AT1債の元本が毀損すると市場の不安を招いてしまう。いざとなったら公的資金の注入によって資本を回復させて、元本を毀損させない手段を取る可能性が高いだろう」と見通す。 ■リーマンショックの教訓はどこへ そもそもAT1債などが導入された自己資本比率規制の「バーゼル3」で、銀行の自己資本の質を大幅に強化したのはリーマンショックの教訓によるものだ。 リーマンショックでは、欧米の金融機関に対して公的資金の注入が行われたが、既存の投資家が損失を負うことなく、公的資金を通じて国民に負担を求めた。金融機関が破綻する前に投資家に損失吸収を求めるAT1債の仕組みは、最後は公的資金で救済してもらえると考える金融機関と投資家のモラルハザードを抑制することが狙いだ。