富士フイルムの自己成長支援プログラム「+STORY(プラストーリー)」
育成3要素のうち「内省的支援」「精神的支援」を強化
――人材育成において、どのような課題感を持っていたのでしょうか。 先んじて大きな変化をつくり出していくためには、強い思いを持ち、挑戦できる人材を育てる必要があります。そこで、多様な社員がそれぞれの個性や強みを生かせる場をつくることで、挑戦を後押しできないかと考えました。個人の個性や強みを生かしていくには、上司が部下の人となりや価値観、特徴を知ることが重要です。しかし、当社は定期的に上司と部下が面談しているものの、目標を設定し、評価をフィードバックするといった「業務」中心の対話でした。 育成を分解すると「業務的支援」「内省的支援」「精神的支援」の3種類になります。三つの支援をバランスよく実行することが重要ですが、当社は業務遂行のためのアドバイスやサポートをする「業務的支援」に偏り、人となりを理解する精神的支援のウエイトが小さくなっていました。そこで、この課題をマネジメント層と共有し、多様な社員の力を発揮させるための取り組み「+STORY」を進めていくことになりました。
100人100通りの「+STORY」を描く、五つの施策
――「+STORY」のネーミングには、どのような思いが込められているのでしょうか。 「挑戦を後押ししたい」という人事の思いをどう伝えていくかを考えることから始めました。重視していたのは「キャリア」という言葉を使わないこと。取り組み内容は一般的にはキャリア面談やキャリア教育なのですが、富士フイルムの文化になじむような言葉を考えました。 社員一人ひとりが挑戦することで、成功や失敗を含めてさまざまな経験をしますが、ムダなものは一つもなく、プロセスも含めてすべて糧になっている。結果だけで捉えるのではなく、すべての経験に意味づけしながら点をつないでいくと、ストーリーになっていきます。一人ひとり違うストーリーを大事にしながら、さらに挑戦をプラスしていこうといった思いを「+STORY」という言葉に落とし込みました。100人100通りの「+STORY」を紡ぐことで「変化を作り出す会社」の原動力とし、エンゲージメントの高い組織となることを目指して取り組みを始めました。 ――「+STORY」には、対話をうながしたり、学びを促進したりするさまざまな施策があります。どの取り組みから始めたのでしょうか。 「+STORY」には、「+STORY対話・シート」「+STORYライブ」「+STORYサイト」「+STORYチャレンジ制度」「+STORYアカデミー」という大きく五つの施策があります。これらを少しずつ導入していきました。 2020年の初年度は「+STORY対話・シート」と「+STORYライブ」からスタート。シートは対話とセットで用いて、1年間を振り返りながら経験に意味づけしていくためのものです。1年間を内省して経験を振り返ると同時に、自分の価値観や考え方を整理し、自分のストーリーを描いていきます。具体的には、「価値観ワード」を多数個並べた中から今自分が大事にしているものを三つ選び、選んだ理由を書きます。さらに自分の現状は「挑戦」「順調」「停滞」のどのステイタスにあるか、仕事に対する意欲、異動希望の有無なども合わせて記載します。 そのシートを基に上司と対話し、自分の価値観や状況をオープンに話すことで、人となりの理解につなげ、信頼関係や心理的安全性を構築していきます。上司は部下の価値観や考え方を理解しながら、+STORYをどうサポートしていくかを真剣に考えます。 「+STORYライブ」は月に1回オンラインライブで開催し、多様な従業員の強みを共有するため、自分のストーリーをライブで語ってもらう企画です。ライブでは、経験豊富で、時には厳しく感じる上司が過去の失敗談を語ってくれることもあります。一緒に働く人が、経験から何を学び、どのような価値観を持っているのか。社員がお互いの経験を開示することで人となりを理解でき、心理的安全性につながると考えています。ポイントは「ライブ」であること。アーカイブを残すと、失敗談は語りにくくなってしまいますから。 「+STORYライブ」の実施回数は累計30回以上で、累計視聴者数は2万人に迫ります。開催日時は月1回で定着してきていますし、グループ会社や海外のナショナルスタッフが独自にライブを始めるなど、広がりを見せています。社長が飛び入りでライブにゲスト登壇することもあります。多様な従業員がざっくばらんに自らのストーリーを語ってくれることで「100人100通りの+STORY」という意味合いが浸透し、企業文化の継承・発展にもつながっていると感じています。 ――対話で自分のストーリーを振り返り、ライブで多様なストーリーを広めているのですね。自分の内面を開示する風土はもともとあったのでしょうか。 当社のビジョンに掲げている通り、昔から「オープン・フェア・クリア」な風土はありました。自身が主体者となり、役割を超えて本質的な課題を考え、周囲を巻きこみながら実行する。これがイノベーションの原動力となるので、約20年間の変革の中で特に大切にしてきたことですね。本質的な課題をきちんと掲げることができれば、誰にでもチャンスが与えられます。 ――「+STORYサイト」「+STORYチャレンジ制度」「+STORYアカデミー」の内容を教えてください。 「+STORYサイト」は社内イントラネットで、+STORY対談やインタビュー、若手座談会などを掲載しています。ライブと同様に他者の経験から学びや気づきを得てもらうことが目的です。 2021年に追加した「+STORYチャレンジ制度」は、いわゆる社内公募制度です。人事や上司の判断によるジョブローテーションも実施しているのですが、新しい職務に対してやりたいことを明確にした上で挑戦の意思表示できる機会として設けました。希望を叶えるには、なぜこの仕事をしたいのかというストーリーを語れることが必要です。 2022年から始めた「+STORYアカデミー」は、自分の実現したいストーリーに必要な学びを選択し、自律的に学べる仕組みです。現業に直接関係なくても、学びたいことを自由に学べます。オンライン動画サービスを導入しているのですが、登録者は社員の7割を越えています。人気があるテーマはコミュニケーションやDX、マーケティングなどです。