『アンチヒーロー』は近年まれに見る傑作に 長谷川博己と野村萬斎が演技の最高地点に到達
伏兵・緑川(木村佳乃)の執念
伊達原のキャラクターについて、今作の飯田和孝プロデューサーは「人間味や悲哀」を込めたかったと語っている(※)。エリート街道を歩んでいるように見えた伊達原は実は苦労人で、子煩悩な父親だった。伊達原が生まれくる我が子のために真実を隠ぺいする様子が第9話で描かれたが、組織の倫理に従う純粋な人ほど不正に染まりやすく、気付かないうちに歯止めがかからなくなる典型に見えた。 明墨は周到な準備を行い、伊達原を罠にかけた。伊達原と明墨は似ている。第8話で伊達原が明墨の考えることは手に取るようにわかると話した。逆も真なりで、明墨も伊達原の思考を理解することができた。証拠隠滅を示す動画データを再生する求釈明で攻守が逆転し、明墨が伊達原を追い詰める。 のちに赤峰、紫ノ宮(堀田真由)との接見で、改ざんされる前の鑑定書が偽造書類であることを明墨は否定しなかった。伊達原は鑑定書が本物であると信じて急いで証拠を隠滅したが、その時すでに明墨の術中にはまっていたのだ。動かぬ証拠を突き付けたところで、とどめの一太刀を浴びせたのは伏兵の緑川(木村佳乃)だった。伊達原を法廷に引き出した白木と、検察内部で機会をうかがっていた緑川、有罪になる覚悟で法廷に立った明墨の連携プレーだった。 ドミノ倒しのように一つの嘘が白日の下にさらされたことで、真実が雪崩を打って明かされる。瀬古(神野三鈴)の告発によって世論は再審に傾き、志水の潔白が証明された。明墨は法廷に向かって語りかける。法律は「しょせん人間が作り上げた尺度」で「黒の奥には実は限りない白が存在している」という指摘は胸に刻みたい。 脚本、演出、演者の才気が嚙み合って『アンチヒーロー』は近年まれに見る傑作となった。長谷川博己と野村萬斎は、今後の日曜劇場の指針となる演技の基準点を更新し続けた。若手弁護士の赤峰を演じた北村匠海は、物語のガイド役として入り組んだ筋立てと難解な法律用語をよどみなく伝える台詞回しが出色だった。一つの側面から見ると『アンチヒーロー』は女性たちの物語であり、明墨、伊達原、赤峰以外の基軸をなすキャラが女性だったことは特筆すべき点だ。罪と罰を峻別しながらも懲罰的ではない正義と人間性のあり方を本作は示した。 参照 ※ https://realsound.jp/movie/2024/06/post-1691414.html
石河コウヘイ