優勝決定もファンに“謝罪” 「こんなゲームで申し訳ない」…抗議の空振りに「もう振るな」
カウント3-0から敬遠球を2球連続空振り…「三振するつもりでした」
中日ファンの不満は明らかだった。スタンドからは物が投げ込まれるなど、異様なムードにもなった。そして田尾氏はアクションを起こす。スリーボールからの4球目。届くはずもないボールに対してバットを振った。続く5球目も振ってフルカウントにした。中日ファンの大歓声が響き渡った。ベンチから慌てたように黒江透修打撃兼走塁コーチが飛び出してきた。「『これ以上するとファンも興奮する。もう振るな』って言われました」。6球目は見逃して四球となった。 「最後の打席は空振り三振するつもりでした。こんなゲームをお見せして申し訳ないですという気持ちを、何かでファンの人たちに感じてもらいたいと思った。お互い納得して、こんなゲームをやったわけじゃないですよ、納得していない人間もいますよ、というのをね。あのゲームは優勝が中日と巨人のどっちになるかというのと、僕と長崎さんの首位打者争いが大きな見どころだったのに2つともお見せできずに終わってしまったみたいなゲームだったのでね」 勝つと負けるでは大違いの試合で、大洋が負けにつながる覚悟で田尾氏を5打席連続で歩かせたことが許せなかった。「僕は個人タイトルなんて小さいものだと思っていたので、こんな野球をやっていたら、ファンからそっぽを向かれるんじゃないかってね」。長崎を逆転できず、打率2位でシーズン終了となった田尾氏だが、最後の打席は、黒江コーチになだめられなかったら、4球目、5球目の空振りだけではなく、三振して終わっていたわけだ。 「あの頃は『タイトルを取ったら、ずっとそれで生活できるよ』なんて言う人がいたんですよ。みんな名前や実績の割に、安い給料でやっていましたからね。タイトルを取ることが大きなステータスで、将来的にも、それが大きいんだという発想。だから、ああいうことも起きたんでしょうけどね。今はそういうことはないと思います。あれだけ給料をもらっていたらね」。田尾氏は笑いながらそう話したが、あの空振りシーンは語り継がれる伝説となっている。
山口真司 / Shinji Yamaguchi