「男性はデート代をおごるべきか?」「おごり規範」と性別役割の近未来像とは
デート時の「暗黙のルール」の成立過程
ここでは詳細な分析結果は省略するが、性別や年齢層、文化資本、可処分所得、都市規模には関連がなく、雇用形態にはやや弱い関連があった(注3)。そして、とりわけ強い関連が見られたのが恋愛交際経験と恋人保有、恋愛交際人数である。リード規範を支持する人のほうが、支持しない人と比べて恋愛交際経験があり、現在恋人がおり、また、交際人数も多くなっている。 リード規範を内面化し実践することは、恋人を獲得するための手段になるであろうし、または規範に従わなかった場合には恋人が得られないというある種の制裁にもなる。つまり、リード規範を実践することは、それによって恋人が得やすくなるというアドバンテージになると考えられる。 ■デート時の「暗黙のルール」の成立過程 そもそも、この「デートは男性がリードすべき」というデート時の規範はどのように成立したのだろうか。 この規範の成立過程を1980年代の都市の文化、そして消費と関連するデート文化のなかに見いだすことができる(注4)。1980年代は、恋愛が結婚を前提にしたものではなくなり、恋愛の自由が拡大した時代である。例えば1980年代の『non-no』(集英社)や『POPEYE』(マガジンハウス)などの若者向け雑誌では、恋愛のハウツーとしてデートの作法が執拗に取り上げられるようになった。 異性愛を中心とする恋愛関係では、性別役割規範があり、ジェンダーの非対称性が露呈する。雑誌のマニュアルでは、女性に対して、振る舞いやしぐさ、言葉遣い、化粧、ファッションという外見的要素が、恋人としての魅力、すなわち、恋愛関係における性的魅力と結びつけて語られている。こうした魅力によって相手を引きつけること、それがとりわけ女性に課された役割であった。 一方、男性に課された役割は「デートやふたりの関係をリードすること」であり、男性が遂行するリードのなかにはデート費用を「おごる」ことも含まれている。例えば『non-no』には男性側の意見として次のようなものが紹介される。「カフェバー、居酒屋は男のテリトリー。店もよく知ってるし、なじみの店員さんもいるから、黙っておごらせてほしい。ホテルへの序章という意味でも、このへんからリードしたい」(「デートのときの経済学PART・2 おごられるのも楽じゃない!!」『non-no』1988.10.5より)。男性側の申し出を断り、女性側が「割り勘」を提案すると、頭を下げて「おごらせてくれ」と懇願されたという、いささか奇妙なエピソードも登場する。 どういうことかというと、男性の「おごり」は、「ホテルへの序章」となり、「割り勘」は、距離のある関係を示すものなのである。男性側がおごることのできる関係とは、性的行為の可能性をも含む親密な関係にあることを裏付けるものなのだ。 女性は外見的魅力を備えて男性を引きつけ、男性がデートに誘い、ふたりの関係を進展させたいという思いを、デート費用を負担することで表明し、女性がそれに応じるかを決定する……。当時の記事には、「男性がリードし、女性が応じる」という行動様式を規定するそれぞれの性別役割が記述されていた。 注3:木村絵里子「恋愛関係にみる性別役割分業規範」、『「若者の生活と意識に関する調査」「生活と意識に関する世代比較調査」調査結果分析報告書』(2024a)、注4:木村絵里子「1980年代の「恋愛至上主義」─『non-no』と『POPEYE』の言説分析を通して」、『恋愛社会学』、ナカニシヤ出版(2024c)。