「血液を作る細胞は2個だけ…」ノーベル賞科学者・山中伸弥も衝撃を受けた「老衰の恐怖」
「iPS細胞技術の最前線で何が起こっているのか」、「将棋をはじめとするゲームの棋士たちはなぜ人工知能に負けたのか」…もはや止めることのできない科学の激動は、すでに私たちの暮らしと世界を変貌させつつある。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 人間の「価値」が揺らぐこの時代の未来を見通すべく、“ノーベル賞科学者”山中伸弥と“史上最強棋士”羽生善治が語り合う『人間の未来AIの未来』(山中伸弥・羽生善治著)より抜粋してお届けする。 『人間の未来AIの未来』連載第34回 『じつは、「その場しのぎばかり」…永世七冠・羽生善治の“意外過ぎる告白”と「いい加減さ」がもたらす絶大な効果』より続く
人間は不老不死になれるのか
羽生 たとえばiPS細胞による再生医療やゲノム編集技術によって、病気がすべてなくなったら、人間は不老不死になることも可能なのでしょうか。 山中 いや、老衰は間違いなく起こるでしょう。今のところ、生きることができるのは、細胞の寿命である120歳くらいまででしょうね。 僕もびっくりした話があって、血液を作る細胞である造血幹細胞が骨髄にあります。生まれた時は確か一万個くらいと少ないんです。造血幹細胞自体はあまり増えないけれど、分化する途中に前駆細胞を作り出して、その子たちが急激に増えて赤血球や白血球、血小板になって、どんどん入れ替わっているんです。 ただ、造血幹細胞も時々は分裂しなければいけない。分裂していると、遺伝子に傷が入ったり、寿命で死んだりしていくものもあります。だから造血幹細胞はだんだん減っていくだろうとは思っていました。百歳くらいの人を調べたら、造血幹細胞が2個しかない。 羽生 2個でやりくりしているわけですか。
不老不死の「決め手」
山中 その2個がすべてで、何もせずにゼロになったら、間違いなく終わりです。それが老衰による死です。でも、そこで骨髄移植をすれば、移植された造血幹細胞が血液をつくりだすようになります。心臓も基本的には生まれたままの細胞がずっと残っていますから、生まれて100年以上経てば、やがて心不全になります。ただ、これも心臓移植をすることができます。足が弱っても、人工関節などの技術が今は進んでいます。 あとは脳ですね。脳も基本的に生まれたままで、脳細胞は滅多に増えません。でも脳を入れ替えてしまうと、その人がいったい誰なのかわからなくなりますね。 羽生 もはや本人とは言えなくなってしまう。 山中 だから、決め手になるのは脳じゃないでしょうか。そこまでやるか、という話です。でも脳以外は、超大金持ちがお金にモノを言わせて臓器や細胞などの移植を続ければ、理論的には更新できます。一方で、臓器移植をするには、拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を投与する必要があります。これには副作用があるので、免疫抑制剤によって健康が損なわれてしまう可能性があります。 基本的に老化によって造血幹細胞がどんどん減って、脳も間違いなく衰えてだめになるので、そう考えると、やっぱりヒトの寿命は120歳くらいが限界なのではないでしょうか。それとはまた別の問題として、それ以上生きていて楽しいかどうか、ということはありますけど。 羽生 不老不死の体を獲得できるか、獲得できてもそれが幸せなことか――昔からあるテーマですね。 山中 しかしそう考えると、生物って本当にすごいですよ。人間にしても、よくこんな精妙なものができたなと思います。たとえば進化論が説明するような偶然の産物だけで、本当に僕たちはできているのかなと感じる時もあります。 『「知ってもどうにもならない…」ノーベル賞科学者・山中伸弥が語る、遺伝子治療の残酷すぎる「現実」』 に続く
山中 伸弥(京都大学iPS細胞研究所所長)/羽生 善治