今、最も多く戦っている棋士・広瀬章人九段 JT杯決勝進出も「自分は勝負師じゃない」と語った真意
棋界の話題を取り上げる「王手報知リターンズ」第17回は、今年度対局数ランキングで1位(43局、12月16日現在)となっている広瀬章人九段(37)が登場。順位戦A級陥落、弟子のプロ入り、藤井聡太七冠(22)を破ってのJT杯決勝進出…。「自分は勝負師ではない。一般人になりました」と語りながらも、戦い続けた2024年を振り返った。(瀬戸 花音) チェックのシャツ姿の広瀬は穏やかな雰囲気をまとっていた。今年度、盤上で最も多く戦っている棋士でありながら、盤を離れれば、醸し出す空気はやわらかい。「今年は順位戦A級陥落という結果以外は上出来だったかなと思います。陥落が圧倒的にインパクトが強いので、ダメそうに見えますけど(笑)。対局数はすごく多くなっていて、大満足です」と1年を振り返り、笑った。 2月29日、順位戦最終戦で渡辺明九段に敗れ、10期連続で在籍したA級からの陥落が決まった。広瀬の2024年はそこから始まった。「やっぱりこういうのって、タイトルを奪われた時もそうだったんですけど、時間がたってからだんだんショックが大きくなるというか。ボディーブローみたいに効いてくる感じで」。その思いはいつまで続くのか聞くと「いやあ~いつまでですかね。今でも引きずってるっちゃ引きずってますけどね」と素直に答えた。 一方、4月には師匠・広瀬として最大の喜びがあった。弟子・山川泰煕四段(26)のプロ入り。「自分は陥落しましたけど、このプロ入りがあったんで帳消しになりました。むしろ、山川の方は人生が懸かってることだから、よかったなと思うようになりました」。今では師弟で共に仕事をすることも増えた。「仕事については聞かれれば答えるというだけですけどね。でもなんか、経費のこととか、お金関連のことはちょっと話したかな(笑)」と話す表情は優しい。 今年も半分を過ぎた頃から、対局数が増えていった。11月、JT杯準決勝では前期優勝の藤井聡太七冠を破り、決勝に駒を進めた。決勝では敗れたものの、その強さを見せつけた。 それでも、広瀬はいつも言う。「これで最後だ」と。A級も、JT杯決勝も。「みんな本気に受け取ってくれないんですけど、本気で言ってるんですよ」。いつも俯瞰(ふかん)的に自分を見ている。「自分は勝負師じゃないんですよ。対局数が多くてもJT杯みたいに決勝で負けたら意味がないって勝負師なら思うんですよ。ところが自分は決勝までいけたんで、もう大満足ですみたいな感じ。この差ですね。これは性格なので、多分変えられないんです。それが自分に足りなかったもの、と言われればそれまでなんですけど」 振り返れば、「勝負師」でなくなった要因に心当たりがあるという。早大在学時代の2010年にタイトル「王位」を獲得。その後、18年にタイトル通算100期がかかった羽生善治九段から棋界最高峰の「竜王」を奪取。羽生は27年ぶりに無冠となった。「このシリーズで自分の勝負師としての仕事が終わってしまったんだなという感覚があるんです。いまだに羽生先生が100期を達成していない現状があって、長い将棋の歴史を自分がねじ曲げた感覚がある。超一流にはなれなかったけど、超一流をちょっと邪魔する存在として。かといって、その後も決して手を抜いているわけではないですが、気持ち的には、という意味で。そこから自分は一般人になりました」 それでも、今、広瀬は最も多く戦っている棋士だ。AI全盛の時代で、棋士の戦い方の教科書は少ない。「AIがある時代の中堅ベテランの戦い方はサンプルがないんですよね。どういう戦略をもってやっていくかの正解は今のところなくて、最新形を研究するか、それとも…振り飛車をするかとか(笑)」 デジタルネイティブの下の世代と、AIのない長い年月を歩んできた上の世代に挟まれ、あり方を模索している。「自分は終盤型だったんですけど、序盤の知識を付けた結果、終盤力が後退していった。要因は年齢的なこともありますし、時代的なこともある。AIで正解手が見えてしまうので自分で考えるのをサボってしまったり、そもそも今の将棋の終盤が難しすぎてノーミスでくぐり抜けられる人が限られてくると思うので。『終盤の広瀬』は返上ですね(笑)」 今年もあと2週間で終わる。新しい一年がまた、始まる。「目標はいつも現状維持って感じで。順位戦はなんとか残留ぐらいはしたいなというのと、あとは一局でも多く対局をしたいですね」。荷物をぎっしり詰めたトートバッグを2つ持って来ていた広瀬は「この後ジムに行くんですよ」と取材現場を後にした。最近、体力づくりのためにトレーニングを始めたという。「現状維持」は現状に、力を尽くすという意味だ。 広瀬章人九段の「推し棋士」 いろいろ迷ったのですが、今後のことを考えると吉池隆真くんですね。彼は見た目もイケメンなんですが、中身もイケメンなんですよ。 一緒に研究会をやってるんですけど、その研究会のレギュラーメンバーの三段の子が加古川青流戦準々決勝で吉池くんに勝って、準決勝を戦ってたんです。研究会の時にその中継を一緒に見てて、「やっぱり負けてほしいの?」って自分が軽口で聞いたら「いや、応援してます。自分が負けたからこそ勝ってほしいです」って言ってて、心がきれいだなって。さすがに自分も20代の時だったら「負けてくれよ」って思ってたと思うんですけど。すごいなって。 あとは英プレミアリーグ・リバプールが好きということで、自分も海外サッカーが好きなので好感が持てますね。吉池くんが本拠地のアンフィールドに行くときは私も連れてってくださいとお願いするつもりです(笑)。 ◆広瀬 章人(ひろせ・あきひと)1987年1月18日、札幌市出身。早大教育学部卒。2005年、18歳でプロ入り。10年に初タイトルの王位を獲得。18年に竜王を獲得。22年、竜王戦で挑戦権を獲得し、藤井との七番勝負で2勝。23年に九段へ昇段した。趣味はサッカー観戦で、マージャンの腕前はプロ並み。
報知新聞社