映倫 次世代への映画推薦委員会推薦作品 ―「大いなる不在」
大いなる存在を失った男が対峙する父という巨大な迷路
監督デビュー作「コンプリシティ/優しい共犯」(18)で東京フィルメックスの観客賞を受賞した近浦啓の長篇第2作。幼少期に自分と母を捨てた父の逮捕の報せを受け、久しぶりに父のもとを訪ねた息子が、秘められた彼の人生を辿っていく。俳優の道を歩む息子・卓を森山未來が好演。重度の認知症を患い別人のようになる父の陽二を藤竜也が圧倒的な存在感で演じ切り、第71回サン・セバスティアン国際映画祭で日本人初となるシルバー・シェル賞(最優秀男優賞)を獲得する快挙を達成した。さらに、第67回サンフランシスコ国際映画祭コンペティション部門で最高賞を受賞し、世界の映画祭で絶賛されている。撮影は、「海よりもまだ深く」(16)をはじめとする是枝裕和作品で知られる山崎裕。35㎜フィルムで映し出された北九州の美しい風景、余白を感じさせる人物の捉え方は、見事としかいいようがない。
タイトルにある〝大いなる不在〞とは何を指すのだろうか、映画を観ながらそんなことが頭をよぎる。喪失感を抱えたまま歳を重ねざるを得なかった卓の中にある父親像か。はたまた、刻一刻と変化しこぼれ落ちていく陽二の記憶の中にある〝真実〞か。親と子、夫と妻、事実と虚構……幾重にも重なった対比が物語に深みをもたせ、知らぬ間に人間の深淵へと観客を誘っていく。 映画ならではの表現が観る者の想像力を刺激する本作。確かにあった〝自分〞という存在が認知症によって曖昧になり、家族の中からつながりが消えていく。自分とは、人生とは、老いるとは。父・陽二は言う、「今、私を証明するものが何もない」と。何があれば自分だと証明できるのか。今を生きる若い世代にとって、それを考えるきっかけになることを願う。 文=原真利子 制作=キネマ旬報社(「キネマ旬報」2024年7月号より転載)
「大いなる不在」 【あらすじ】 小さい頃に自分と母を捨てた父が、警察に捕まった。その連絡を受けた卓が、妻の夕希と共に久しぶりに九州に住む父の陽二のもとを訪ねると、父は認知症を患い別人のようになっていた。そして、彼が再婚した義理の母・直美が、携帯電話を家に置いたまま行方不明になっていることを知った卓は、これまでの父と義母の生活を調べ始めるが……。 【STAFF & CAST】 監督・脚本・編集:近浦啓 脚本:熊野桂太 出演:森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也 ほか 配給:ギャガ 日本/2023年/133分/G 7月12日(金)より全国にて順次公開
キネマ旬報社