香港で「法の支配」の番人が辞任!英国人裁判官が吐露した「法治の重大危機」とは
香港の最高裁で、海外非常任裁判官の英国人2人が突如辞任。そのうちの1人が、フィナンシャル・タイムズに、内部告発ともいえる手記を寄稿した。衝撃の告発に対し、香港政府は4000字もの反論を発表、他にも中国政府下のさまざまな機関が、英国人裁判官を非難する声明を出している。イギリス発祥の「コモン・ロー」が敷かれてきた香港の法制度は、これからどうなるのか。国際社会の注目を集める事態の行方は?(フリーランスライター ふるまいよしこ) 【この記事の画像を見る】 ● 6月、香港の海外非常任裁判官2人が任期途中で辞任した 6月6日夜半、香港の最高裁判所に当たる終審法院で「海外非常任裁判官」を務めてきた英国人裁判官2人が、任期途中での辞任を表明した。 海外非常任裁判官とは、英国が1997年以前に植民地支配していた香港でも採用してきた「コモン・ロー」制度が、中国への主権返還後も維持されるという約束の下で設けられたものだ。同じコモン・ロー制度を施行する国(英国および旧大英帝国領だった国々)の裁判官を招いて、終審法院の審理に携わってもらうという仕組みである。 香港のミニ憲法と呼ばれる「香港基本法」の82条にも、「必要に応じてその他コモン・ロー制度運用地域の裁判官を招いて審理に参加させることができる」と記されている。香港でのコモン・ロー制度の施行を「保障」する立場を担っているのが、この海外非常任裁判官であり、裏では香港の「法の支配」のカナリアとも呼ばれてきた。この判断に基づいて、これまでに英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダからの裁判官(多くが現地の司法界を定年退職した高級裁判官たち)が招かれ、加えてまだ実績はないものの、理論上ではシンガポールやマレーシアの司法関係者を招くこともできる。
2020年前半時点で過去最高の15人を抱えていた海外非常任裁判官だが、同年6月末に中国人民代表大会で「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)が可決されて即時施行されて以来、すでに5人がさまざまな理由で離職していた。そこに今回、2人が辞職を宣言し、さらにその翌日にはカナダ籍裁判官が「高齢」を理由に7月末の今任期終了後の契約更新を行わないと発表したことで、残った海外非常任裁判官はわずか7人となった。 今回任期途中で辞職した2人のうちの1人、ジョナサン・サンプション裁判官が「フィナンシャル・タイムズ」に発表した手記が、今、制度自体を揺るがしている。 ● ジョナサン・サンプション氏の衝撃的な告発 辞任発表からわずか4日後にフィナンシャル・タイムズに掲載された、サンプション氏の寄稿は、「香港の法の支配は重大な危機に直面している」(The rule of law in Hong Kong is in grave danger)というタイトルだった。記事の中で同氏は、「(香港の)多くの裁判官は国民の自由の擁護者であるべき本来の役割を見失っている」とまで述べている。 サンプション氏は、辞職の決意を固めたきっかけが5月30日の香港の高等法院(高等裁判所)の判決だったと明かした。この判決は、2020年に予定されていた立法会議員選挙候補者選びのために民間予備選挙を行った民主派関係者14人に対し、国家安全法違反と判断して有罪を言い渡したものだ。 この民間予備選挙は、本来ならば2020年秋に行われる予定だった最高議決機関「立法会」の議員選挙(以下、本選挙)を前に、2019年デモの勢いを借りた民主派が過半数を獲得することを目指して、超党派共闘の意思を固めたことが背景にあった。本選挙で民主派候補が乱立すれば、各選挙区で票割れを起こして共倒れになると危惧し、それを避けるために候補者を絞り込むことを目的に同年7月に実施された。一般市民60万人あまりが投票に参加し、主催者の予想を大きく超える「大盛況」となった。 しかし政府はその後、新型コロナウイルスの感染拡大を理由に本選挙の1年延期を発表。2021年1月には、予備選挙に関わった民主派関係者ら55人が国家安全法違反の「国家政権転覆共謀罪」容疑で逮捕されたのである。