【オーストラリア】【有為転変】第199回 ぎこちない豪中関係の「改善」
オーストラリアを訪問していた中国の李強首相が、さまざまな余韻を残して中国に戻った。今回の訪問は、表面的には両国にとって利益があったように見える。両国間の経済協力の進展はその一つだ。中国メディアは「正しい方向への一歩を踏み出した」(チャイナデイリー)などとして、アルバニージー首相をたたえた。その一方で、オーストラリアのメディアで、中国に対する不信感を指摘しなかったものはない。そのギャップは際立っており、実に「ぎこちない関係改善」だったと言える。それを象徴しているのが、スカイニュースのジャーナリスト、チェン・レイ氏を巡る騒動だった。 この騒動は、アルバニージー首相と李首相が6月17日に、パーラメントハウスの記者会見場で今にも共同声明を発表しようとした際に起きた。 中国大使館員の男女2人が、中国国営テレビCCTVのカメラが会見場にいたチェン氏の映像を映し出すのをさえぎるために、チェン氏とカメラの間に立ちふさがった。そのため、オーストラリア政府関係者がこの2人を移動させようとして、数分間にわたり騒動となった。また、ダットン自由党党首と李首相の会談にチェン氏は参加を拒否されていたことも判明した。 チェン氏は、2020年8月に中国で「国家機密漏えい罪」の疑いで逮捕され、約3年間投獄されていた。逮捕は豪中関係が悪化していた時期とも重なり、見せしめ的なものとみる向きも多い。 チェン氏は今回の騒動について「彼ら2人が自分の足もとを撃った形になったのが面白かった。全てをコントロールしようとするとこういうことになる」と皮肉る余裕を見せた。この騒動は、オーストラリアと中国に関する大きなニュースとなって世界を駆け巡った。 中国大使館が身体を張って隠蔽(いんぺい)しようとしたことが、結果的に、李首相がオーストラリア訪問中に用意されたどのイベントよりもオーストラリアメディアの注目を集めてしまった形だ。 しかし中国のインターネット上では、人気検索エンジン「百度(バイドゥ)」でも人気ソーシャルメディア「微博(ウェイボー)」でも、このニュースは完全に遮断されたのだが。 その直前には、パーラメントハウスの外でアルバニージー首相が李首相を出迎えるイベントがあった。 同じ時間に、その数百メートル離れた場所で、チベット人やウイグル人、気功集団「法輪功」のデモ参加者など約500人が、中国に対する抗議デモを行っていたが、その傍らで同じ程度の人数の愛国的な中国人たちが五星紅旗を振り、デモ参加者たちと衝突していた。 興味深いのは、その愛国的な中国人たちが、共産党中央委員会傘下の情報機関「中央統一戦線工作部」に無料の食事と宿泊を提供されて、中国本土からキャンベラに動員されてきた人々であることが、オーストラリアの複数メディアで暴露されていることだ。この工作部は、プロパガンダ工作を中心とする情報活動を行い、日本やオーストラリアを含めた西側諸国で活動している。 実に荒唐無稽な工作ではあるが、筆者も以前、キャンベラで別の抗議デモがあった際に動員された中国人学生から、弁当や手当てといった「動員条件」を聞いたことがあるので、実際に重要工作として行われているのだろう。 ■数ある「成果」 今回の李首相の訪問で、確かに現実的な「成果」はあった。豪中両国は、偶発的な軍事衝突などを避けるための防衛ホットラインを設立することで合意。また貿易や研究、気候変動に関する新たな協力関係を宣言する5件の覚書に調印。両国が商用や観光、家族訪問などの数次入国ビザを相互に認めるほか、中国はオーストラリア人対象のビザ免除制度も計画している。 こうして見てくると、数年前までは過去最悪の関係とまで言われたオーストラリアに対する中国の姿勢は、豪中関係改善を演出したい意欲満々であることが透けて見える。来年以降の習近平国家主席のオーストラリア訪問に向けた「露払い」をしたかったのだろう。いずれにしても、その前向きな姿勢は、オーストラリアをはるかに上回るものであるのは興味深い。 というのもそれは、同じく関係が悪化した経験が長い日本に対しては決して見せない、大盤振る舞いを随所に盛り込んでいるからである。 ■日本に対する姿勢との違い 中国は、原発処理水の海洋放出について科学的根拠もないのに、1年近くにわたって日本産水産物の輸入を禁止しており、再開のめどはない。また「ゼロコロナ政策」の終了から1年以上が経過しているが、日本人に対する入国ビザはまだ免除していない。 そのことはすなわち、オーストラリアがモリソン政権時代に、横暴な中国の振る舞いに対して毅然と対峙してきたことと無関係ではないと感じている。結果的に中国は、AUKUS(オーカス)といった軍事的脅威に直面することになり、オーストラリアという国に一目置かざるを得なくなったためだ。 日本はオーストラリア以上の大国で、中国と経済的なつながりが深いというのに、中国にはオーストラリア以下の小国に見られている。 駐日中国大使が「日本の民衆が火の中に連れ込まれる」などと発言したことにさえ、日本の首相や外相が何一つ抗議できないことを見るにつけ、日本の外交力の弱さにはため息が漏れる。オーストラリアを見習うべきだろう。【NNAオーストラリア代表・西原哲也】