来日5年目のDFトーマス・デンが「新潟での生活を気に入っている」理由「人々の振る舞いに共感」
【日本の人々の振る舞いには共感できる】 終始おだやかに、頻繁に微笑みを見せながら話をするトーマス・デンは、日本の生活にもすっかり馴染んでいるようだ。というよりも、ここ日本の国民性は彼にとって、珍しいものではなかったという。 「さっきも話したように、他者や年長者を敬うのは、ケニアで過ごしていた時から、両親に教えられてきたんだ。だから、日本の人々の振る舞いには共感できる。それに年齢を重ねてきて、落ち着いた雰囲気が好きになっていることもあり、のどかで平和な新潟での生活をとても気に入っているよ」 毎日、新潟で「世界一のライス」を食べ、焼肉やそば、ラーメンも大好物だという。休日には、パートナーと東京に出かけたりすることもある。 「今のこの状況に感謝している」とトーマス・デンは言う。ナイロビから始まった彼の人生は、アデレード、メルボルン、アイントホーフェン、埼玉、そして今は新潟で続いている。ひとよりも早く成熟する必要があったはずの彼は、27歳にして、次のキャリアのことも考えているようだ。 「最近、兄たちと一緒にスポーツのブランドを始めたんだ。『90プラス』という名前で、これは兄が"フットボール以上のもの"という意味でつけたんだ。そのうち、経営の勉強も始めようと思っている。そしてオーストラリアとアフリカだけでなく、日本でもこのブランドを広められるようにしたい」
【子どもたちと一緒にフットボールをする機会を作りたい】 それと同時に、自身がフットボールに助けられたように、子どもたちにこのスポーツのすばらしさを伝えていきたいとも考えている。 「グラスルーツのレベルで、子どもたちと一緒にフットボールをする機会を作りたいと考えている」とトーマス・デンは柔和な表情で話した。 「プロになりたいかどうかもわからないような少年や少女たちと、楽しみながらボールを蹴りたい。おそらく僕は、そういった子どもたちにいいインパクトを与えられる気がするんだ」 困難な幼少期を送ったからこそ、彼はそう思うのだろうか。あるいはその後にフットボールと出会って、望む生活を手に入れることができたからだろうか。いずれにせよ、その優しい眼差しと明確な語り口、そして様々な経験を持つトーマス・デンなら、ピュアな少年や少女たちに、とてもポジティブな影響を与えることができるだろう。 「『90プラス』というブランドも、子どもたちのことを思って始めたところがあるんだ。フットボール以上のものを目指しているからね」 そう言った彼の目は、未来への期待に満ちていた。予定の時間が少し過ぎたので、別れの挨拶をして謝意を述べると、彼も「本当に感謝している。ありがとう」と返答した。(おわり) トーマス・デン Thomas Deng/1997年3月20日生まれ。ケニア・ナイロビ出身。幼少期にオーストラリアへ移住。メルボルン・ヴィクトリーのユースチームに加入し18歳でプロ契約。2015年にAリーグデビューを果たした。PSV(オランダ)でのプレーを挟んで、オーストラリアでは計4シーズンプレーし、2020年に浦和レッズに移籍。2シーズンプレーしたあと、2022年からはアルビレックス新潟に活躍の場を移してプレーしている。オーストラリア代表としても活躍していて、2021年東京オリンピック、2022年カタールワールドカップのメンバー。
井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi