坂本龍一さんが東日本大震災の被災家族に残した〝一生の宝物〟 偉大な音楽家を前に「戦メリ」を奏でた少女「同じ目線で寄り添ってくれた」
東日本大震災から約4カ月後の2011年7月、岩手県住田町の仮設住宅に世界的に名高い音楽家、坂本龍一さんの姿があった。目の前で13歳の少女が演奏しているのは坂本さんが作曲した映画「戦場のメリークリスマス」のあの曲だ。完璧な演奏には程遠かったが、坂本さんは「ありがとう」と少女の手を握った。 交流はその後も続き、緊張しながら演奏した少女は26歳になった。「一流の人が同じ目線で寄り添ってくれた」との思いは強い。震災から12年。今年3月に亡くなった偉大な音楽家は、ごく普通の一家に「一生の宝物」を残していた。(共同通信・森清太朗) ▽仮設住宅に「運命」の入居 坂本さんは震災直後から被災地支援に動いていた。建設資金の寄付を呼びかけて、岩手県住田町内に地元木材を活用した木造仮設住宅93戸を建設。津波で甚大な被害を受けた沿岸地域の被災者を受け入れる目的だった。5倍以上の倍率となる中、くじ引きで入居を引き当てたのが菅原綾乃さん(26)の家族だった。
陸前高田市にあった菅原さんの自宅は津波に襲われ全壊。当時13歳だった綾乃さんや父教文さん(58)は無事だったが、同居していた綾乃さんの祖父母が亡くなった。当時12歳だった弟三四郎さんは約2カ月間続いた避難生活になじめず、栄養失調で吐くこともあった。 悲運が続く中、父親から「命運」を託された三四郎さんが入居を引き当てた。教文さんはくじ引きが「不思議と当たる気がしていた」。津波で亡くなった綾乃さんの祖父で大工の輝男さんは生前「地元の木材で作った家ほどぜいたくなものはない」と語っており、地元木材で作られた坂本龍一さんの住宅に、輝男さんが導いてくれたように感じた。 ▽音楽で感謝伝えたい 2011年5月の仮設入居からまもなく、教文さんは坂本さんが7月に団地を訪問すると聞きつける。5歳からピアノを続けていた綾乃さんに「音楽で感謝の気持ちを届けてみないか」と提案した。 来訪まで1カ月。震災後に購入した電子ピアノで、坂本さん自らも陸軍大尉役で出演した映画「戦場のメリークリスマス」のテーマ曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」のサビ部分を綾乃さんはひたすら練習した。