衝動のまま生きるために必要なこととは?『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』を読む
「衝動のままに生きているように見える人」というのが、世の中にはいる。そういう人はいきなりとんでもない場所に移住したり、ポンポン転職したり、よくわからないものを食べていたり、ハタから見るとよくわからないことを楽しそうにやっていたりする。で、そういう人が楽しそうにやっている物事や楽しそうに暮らしている様子が、最近はSNSでよく見えたりして、それに比べて自分はなんとつまらない生活を送っているのか……とゲンナリしたことのある人は、けっこういるのではないだろうか。 しかし一体その「衝動のままに生きる」の「衝動」とは何か、改めて考えたことはあるだろうか。スマホでSNSを眺めつつ「なんか、自由そうでいいな~」「ああなりたいけど、しかし生活があるからな~」とボヤいて終わりではないだろうか。おれはボヤいて終わりである。なにぶん生活があるので……。 谷川嘉浩の『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)は、そんな「衝動」の正体、そしてそれをいかにして発見し、よりマシで楽しい生活を送るにはどうしたらいいのかに迫った本である。人生のレールを外れる。外れたらどうなってしまうのか。普通はおっかなくてできないが、しかしおっかながって何もしない方がリスクではないのか、その「つまらないけど安全な暮らし」は本当に安全なのか。やはり大事なのは「衝動」ではないのか。読み終わった後はムラムラとそんな疑問が湧いてきて、頭を離れなくなる。 「衝動」という単語にくっついてくる述語といえば、「突き動かされる」とか「駆られる」とかだろう。どちらにせよ、自分の意思とは関係なく、コントロールを失ったまま半ば自動的に行動しているニュアンスがある。『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』では、その状態を「幽霊に取り憑かれた状態」に喩え、「衝動とは人に取り憑く幽霊のようなものである」という前提に立って論を進める。 すなわち、この本は「いかにしてうまく衝動という幽霊に取り憑かれるか」を書いたハウツー本であり、霊媒体質になって衝動に取り憑かれた状態で生活するためのノウハウがまとまっている。ともすれば「モチベーション」「やる気」「意欲」あたりと混ざってしまいがちな「衝動」という形容しがたいものを注意深く腑分けしていく過程に始まり、後半では個人的な衝動をいかにして発見し、生活の中でいかにして衝動を自分に取り憑かせるかが、特に知識のない人間でも理解できるように書かれている。 一読してなるほどなあ、と思ったのは、個人的で強い衝動を発見したとしても、それだけでは不充分だという点だ。衝動のまま突き動かされて暴走したら、生活が破綻してしまう。衝動はどの方向に向かったらいいかを示すコンパスのようなものであり、実際に衝動に従って動くためには方角を付き合わせて歩くための地図や頑丈なブーツにあたる諸々が必要なのである。ではそれがなんなのかは、本書を読んで確かめてみてほしい。 もうひとつの本書の特徴が、難解で抽象的な概念をできるだけ幅広い読者に理解してもらうべく、さまざまな比喩やマンガからの引用が散りばめられている点だ。そもそも本書における衝動とはどういうものかを説明するために、冒頭から地動説を扱ったマンガ『チ。地球の運動について』が引用され、それ以外にもさまざまなマンガの登場人物の行動や心情がタイミングよく例え話として挿入される。そもそも「衝動とは幽霊みたいなものである」という本書の屋台骨自体が比喩であり、的確な例え話でなんとかめんどくさい話を理解してもらおう……というサービス精神が感じられる。 というわけで、心理学や哲学に関する専門知識がなくても、字を読む根気さえあれば衝動とは何かがなんとなく理解でき、そして自分の中に潜む衝動を発見するためのノウハウがわかる新書である。一読したならば、あとは自分の実践次第。これまでと同じ生活を送るか、それとも自らの衝動に向き合って大なり小なり人生のレールを外れ、冒険に満ちた生活に打って出るか。読後の選択こそが悩ましい、いい意味で危険な一冊だ。
しげる