「ブリッジング型」と「ボンディング型」のソーシャルキャピタルを理解せよ
──前々回の記事:経済学におけるソーシャルキャピタル理論とは(連載第51回) ──前回の記事:閉じたネットワークで取引されるもの(連載第52回) ■ボンディング型ソーシャルキャピタルは至る所にある ボンディング型ソーシャルキャピタルは、様々な便益を我々にもたらしている。図表2は、代表的な研究をまとめたものだ。実例は枚挙にいとまがないが、ここでは7つの事例を紹介しよう。 ■(1)ユダヤ商人の「ダイヤモンド取引」 先のコールマン論文が紹介している事例が、ニューヨークのユダヤ人ダイヤモンド商人のコミュニティである。ユダヤのダイヤモンド商人は、取引時にダイヤの質を鑑定するため、取引相手からダイヤを一時的に預かる習慣がある。ダイヤを預ける側にとって、これは一見大きなリスクである。見えないところでダイヤをすり替えられる可能性があるからだ。 しかし、この商人コミュニティですり替えが起こることはない。それは、このコミュニティが高密度で閉じた関係にあり、商人同士が互いに監視しながら密に交流し、信頼関係が築かれているからだ。「ダイヤを他人から預かっても、けっしてすり替えない」というノームが醸成されているのだ。だからこそ、通常なら実現しえないような形での、ダイヤの鑑定と取引が実現する。 ■(2)ご近所付き合いや、地域コミュニティの「安心」 いわゆるご近所付き合いもボンディング型ソーシャルキャピタルの代表例だ。地方や下町では、いまだにご近所同士が知り合いであることも多く、「〇〇ちゃんは公園で遊んでいたわよ」などと教えてくれる。「周りで遊んでいる子どもたちは、他人の子どもでも見守らないといけない」という明文化されたルールが、こういったコミュニティにあるわけではない。しかし、ご近所付き合いは高密度の閉じたネットワークであることが多く、結果として「他人の子どもでも見守る」というノームがインフォーマルに形成され、「安心」というソーシャルキャピタルが生まれているのだ。 ■(3)イタリアン・マフィアの「団結」 ボンディング型ソーシャルキャピタルを体現する事例として学者がよく引き合いに出すのが、実はマフィアである。読者の中にも映画『ゴッドファーザー』『グッドフェローズ』などをご覧になった方は多いだろう。マフィアはそもそも違法行為をするから、明示的な行動規範がない。逆に言えば、互いに「相手を裏切らない」という強い信頼があり、暗黙のルール(=ノーム)を徹底させなければ、機能しないのだ。 加えて重要なのが、相互監視と制裁だ。マフィアの構成員が麻薬を私利のために横流して、その後で仲間に探し出されて殺される(=制裁を受ける)といった場面は映画でよく見られるが、それは彼らなりのボンディング型ソーシャルキャピタルを維持する上で、不可欠ということになる。 ■(4)専門家コミュニティの「集合知」 研究者、エンジニア、クリエイターなどの専門家コミュニティも、ボンディング型ソーシャルキャピタルがないと機能しない。こういったコミュニティでは、互いに自身の知見を披露し合うことで、コミュニティ全体の知見が蓄積されていく。いわゆる「集合知」(collective wisdom)だ。一方でこの仕組みは、自身が披露したアイデア・知見が、そのまま盗用されるリスクがつきまとう。「人のアイデアをそのまま盗用しない」というノームがなければ、機能しないのだ。 この点については、HECパリのジアーダ・ディ・ステファーノらが2014年『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』に発表した、イタリア料理人コミュニティの一連の研究が興味深い。プロの料理人にとって自身のレシピを公開することは、そのアイデアがそのまま他の料理人に盗用される可能性があるから、死活問題である。一方で、プロの料理人同士がレシピを公開し合わなければ、イタリア料理全体の発展もない。したがって料理人の間には、「依頼されたらレシピを公開する」というノームが醸成される必要がある。 この論文でディ・ステファーノらは、2009年にイタリアの『ミシュランガイド』に掲載されたレストランのシェフ534人に対してフィールド実験を行った※5。その結果、やはり「イタリア料理界のノームを遵守するシェフほど、料理レシピ公開の依頼を受け入れる傾向がある」ことがわかった。そしてそのようなシェフは一般に、「料理界で名声が高く、またその行動が目立ちやすい人」であることも、論文は明らかにしている。名声がある人、目立つ人ほど監視されやすいので、ノームを守る必要があるからだ。