「叫び声が出るほどの激痛」「最初に治療を見たときは衝撃で卒倒しそうに…」世界3位の透析大国ニッポンで起きている「恐ろしい現実」
意識があるのに、透析を止める
〈「林はもう十分、痛みに耐えてきました。彼は自分の意識がなくなる前に、透析を止めたいと言っています」 【画像】「脊髄がドリルに絡みついた」ヤバすぎる医師の手術ミスの一部始終 医師は露骨に表情をひきつらせた。 「ええっ!?意識があるのに、透析を止めるっていうことですか?」 私が頷くと、慌てふためく様を隠そうともせず、上ずった声で続けた。 「そんなこと、聞いたことがありません!自分から透析を止めるなんて、少なくとも、うちでは例が……。奥さん、意識がなくても透析はまわせますから大丈夫、安心してください」 私は透析医の言葉をそのまま伝えた。すると彼は表情を険しくして吐き捨てた。 「冗談じゃないぜ。意識がないまま透析なんか、まわされてたまるもんか」〉 NHKスペシャルなど数多くの大型企画を担当し、60歳で亡くなった元NHKプロデューサー・林新さんの闘病と日本の透析治療の現状を綴った『透析を止めた日』(講談社)が話題を呼んでいる。 著者はノンフィクション作家の堀川惠子さんで、林さんを看取った妻でもある。 「多発性嚢胞腎」という遺伝性難病により腎機能を失い、林さんは透析を導入せざるを得なかった。そして計10年以上にわたる血液透析を経て、それを止める決断をした。 冒頭の文章はそのときの描写であるが、透析医は目を丸くして驚いたという。実はここに日本の医療制度の歪みが潜んでいる―。
一番の苦しみは心の痛み
そもそも血液透析とは、機能が低下した腎臓に代わって血液中の水分や老廃物を取り除く治療法のこと。 患者は週に3回、クリニック(透析施設)に通い、1回当たり4時間も透析をまわして血液を浄化しなくてはならない。 そんな透析を現在、日本では約35万人が受けており、人口比では台湾、韓国に次ぐ世界3位の透析大国だというのだ。 身体には大きな負担がかかり、注射針の痛みや血管の収縮などで激しい痛みも伴う透析。林さんに付き添った堀川さんが語る。 「最初に透析治療を見たときは卒倒しそうになるほどの衝撃でした。とても太い注射針を腕の2ヵ所に刺すことを2日に1回も行うなんて、と。 患者は普通に暮らしているように見えて、大地震などの災害で透析ができなくなると、すぐ死ぬという恐怖を日々抱えている。なのに、他人にはそれをわかってもらえない。透析患者が抱える一番の苦しみは、心の痛みなんです」 林さんは透析をしながらも番組をつくる激務をこなした。弱音を吐くことも、戸惑うことも決してなかったという。 「明日死ぬかもしれないから最高の作品をつくりたいという覚悟が、日々ぬるま湯の中で生きる私たちとは全く違っていた。己に少しの緩みも許さぬような気迫に満ち、人生を全力で疾走しているようでした」(堀川さん) 林さんは'07年、透析から解放されるために腎移植を行った。79歳の実母が、50歳の林さんに腎臓を提供したのだ。 だが、やがてその腎臓の機能も低下してゆき、9年後の'16年に血液透析が再開される。 以前よりも治療の苦しみは増してゆき、続けられない日もあった。 〈叫び声が出るほどの激痛が全身に走り、透析は中止〉 〈林は突然、激しい痛みに声をあげてのたうち回った。座っても寝てもいられない、初めて見る酷い苦しみ方だった〉 そして透析を止めて約1週間後、静かに息を引き取った―。 後編記事『年間約3万5000人もの透析患者が命を落とす……透析治療改革のために何よりも必要なこと』へ続く。 「週刊現代」2024年11月30日号より
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