日本経済の礎となった自己啓発書の元祖『自助論』、抄訳で省略されてしまった重要な要素とは?
自己啓発書の原点となったスマイルズの名著『自助論』。抄訳本が多く出回っているが、実は原書での重要な主張が抜け落ちているケースもあるという。日本経済の礎を築いてきた実業家を含め、多くの日本人に影響を与えてきた『自助論』が本当に伝えたかったこととは。本稿は、真鍋 厚『人生は心の持ち方で変えられる?〈自己啓発文化〉の深層を解く』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。 【この記事の画像を見る】 ● 渋沢栄一も愛読した『自助論』で 見落とされた「共助」の重要性 「題名どおり、自分を助けるっていうことを唱えている本。ようは自分を助けることができるのは自分だけだと。すっごくいいよ」本田圭佑 「近代日本資本主義の父」との異名を持つ渋沢栄一をはじめ、数多くの実業家を突き動かしてきた『自助論』。 実は著者のスマイルズが自助と共助をセットで考えていた原著の精神は長らく軽視されてきた。 この致命的な“誤読”を最初に指摘したのは、ノンフィクション作家の宮崎学であった。宮崎は『「自己啓発病」社会』(祥伝社、2012)でこう述べている。 「『自助論』礼賛者は、みんな竹内均の抄訳を材料にしており、だいたいが全訳を読んでいないらしいか、読んでいても、竹内訳では削られているいくつもの大事な点に触れる者はいない」。 本書でも最も知られている三笠書房刊の『自助論「こんな素晴らしい生き方ができたら!」を実現する本』から引用したが、「抄訳」とは、原文の一部を随意に抜き出して翻訳することをいう。児童向けの文学全集などでよく見られる構成である。 書店の新刊コーナーに並ぶ翻訳書でも価格を抑えるために分量を減らしたり、読解力が必要になる難解な個所などをあえて削ったりする例、読者層を広げるために古典をコンパクトに再編集する例などがある。 宮崎が挙げる「いくつもの大事な点」とは、スマイルズが「自助は利己ではない」「自助と相互扶助が一体である」という意味のことを原著の「原序」で明言しているところだ。 ● 抄訳で省かれた注意書きに 語られている共助心の重要性 確かに抄訳版では、スマイルズ自身による序文は省かれている。しかも、その序文の狙いは、「一言を述べて、読者の誤解を防がざるを得ず」と記したように、読む前に注意してほしいポイントを簡潔に伝えることであった(『西国立志編』以下同じ)。 とりわけ「第一版序」にある『自助論』を著すきっかけとなったエピソードは、そもそも「自助に共助が含まれている」ことを示唆している。スマイルズは、この本を書く15年前のこと、貧しい労働者の若者たちから夜学で講義をしてくれないかと依頼されたという。 その夜学は、工場の職工として働いている数人の少年たちが学問を修め、知識を得るために自前で場所を借り、机などを用意して始めたものだった。口コミで同志が大勢集まり、100人を超える規模にまで膨れ上がるほどになった。