『不適切にもほどがある!』CG加工された「喫煙シーン」…TVの現場に蔓延る過剰な自主規制の正体
「喫煙シーンは控えるように」とお達しが来た理由
ドラマ『弁護士ソドム』において社内のあるセクションから「喫煙シーンは控えるように」とお達しが来た理由は、なんと「受動喫煙」だ。 だが、監督が要望した喫煙シーンには、しかるべき理由があった。弁護士である母の形見であるライターを大切にしている主人公。その主人公がたばこに火をつけた際に机の上にあったある紙を取り上げ(その紙にも物語的な意味がある)、ライターで燃やして灰皿に落とす。そしてその炎を見つめる。瞳に映し出される炎。それは復讐をあらわしている。 このシーンに関しては、クレームが来たあとにスタッフ間でいろいろな検証がおこなわれた。 「喫煙シーンが問題になるのであれば、後半の紙を燃やすというところだけやったらどうか」という意見に対しては「喫煙者でもない人の部屋に灰皿があるのはおかしい」などの反論があったりして、結局、主人公が喫煙者であることが一番自然だということに落ち着いたのだった。そんなロジックやスタッフが時間をかけて検討したことを説明して、私は異議を申し立てた社内のセクションと最後まで闘った。だが、許可はおりなかった。 確かに、知らないうちや無意識のうちに受動喫煙をしてしまっている弱者や子どもたちの救済は必要である。 しかし、例えば過去に受動喫煙が取りざたされて問題になったNHKドラマの『いだてん』で喫煙シーンを描こうとしたのには、「たばこは時代的なムードを醸し出す」という極めて文化的、演出的な意味あいがあったはずである。 「当時の雰囲気をいかに視聴者に伝えるか」が私たちモノづくりの本分であり、「いまでは感じられない」からこそ、それを映像で表現してみせようとするプロ根性とも言えるものだ。 『弁護士ソドム』の場合も同様に、母を殺害した何者かへの復讐心を「炎」という装置によって表現しようとしたときにそこに喫煙という能動的かつミステリアスなファクターを活用しようと考えるのは、クリエイターとして自然なことである。 プロとしての監督の思いに応えられなかった私は、しばらく自分の無力さに落ち込んだ。創り手が考え抜いて、視聴者を楽しませよう、何かを伝えたいと思っておこなおうとした表現を規制することは「表現の自由」を侵害するばかりでなく、視聴者の「知る権利」「見る権利」をも損なうものである。 受動喫煙の問題は、喫煙者のモラル向上や子どもたちへの啓蒙といった側面からその対策を練ってゆくべきではないのか。 「好ましくない行為」を表現するなということになると、ドラマの殺人シーンや時代劇の斬りあいも描けなくなる。表現はなるべく自由かつ多様であるべきだ。過剰な表現の自主規制は、テレビ文化を滅亡へと導くと警鐘を鳴らしたい。 以上のような風潮があるテレビ業界において、『不適切-』はとても意義がある作品だと言える。 ◆「喫煙シーン」が出てくることが許容できる割合は全体の73.9% このドラマが支持されている理由は、以下のデータからも読み取れる。モバイルリサーチでシェアNo.1を誇るネットエイジアが’22年5月に発表した「非喫煙者意識調査」の結果によると、非喫煙者がテレビドラマや映画の演出として喫煙シーンが出てくることを許容できる割合(「許容できる」と「やや許容できる」を足したもの)は全体の73.9%であった。 対して、テレビドラマや映画の演出として喫煙シーンが出てくるのはよくない、自粛すべきであるとの考えを持つ人は26.1%と3割足らずだった。また、オリコンが’15年に10~50代の男女を対象に自主規制に対するアンケートを実施したところ、現在の規制が「妥当だと思う」と答えたのは全体の44.4%、「妥当ではない」は55.6%と僅差ながらに上回った。 必要以上の自主規制の風潮に疑問を感じる視聴者が多いことをこのデータは示しているのである。『不適切-』はそんな視聴者感情を巧みにすくい取った。 「コンプライアンス」という名のリミッター。テレビ局はコンプライアンスという大義名分に乗じて自主規制をかけ、自らの責任を放棄している。コンプライアンスとは、テレビ局にとって責任転嫁ができる便利な「装置」なのである。 いまこの瞬間も『不適切-』のクリエイターたちは、突拍子もないことを言い出す上層部や局内の関係各所と闘っていることだろう。そんな軋轢に負けずに、信念をもって作品を世に送り出してほしい。応援している。 文:田淵俊彦 桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。’64年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100ヵ国以上。一方、社会派ドキュメンタリーの制作も意欲的に行い、「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」などの難題にも挑む。ドラマのプロデュース作品も数多い。’23年3月にテレビ東京を退社。著書に『混沌時代の新・テレビ論』『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える〝テレ東流〟逆転発想の秘密』『発達障害と少年犯罪』『ストーカー加害者 私から、逃げてください』『秘境に学ぶ幸せのかたち』など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。 https://35produce.com/
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