民主派が圧勝 “失敗”した?中国政府 香港デモの今後は
「直接選挙」約束を反故にし続けた中国
(4)の「民主的選挙の実現」は、香港の中国への返還以来の懸案です。区議会は設立当初から直接選挙が行われていますが、「立法会」(各国の議会に相当し、立法や予算の決定権限を持つ)と「行政長官」(香港政府のトップ)については直接選挙が実現していません。 立法会については、香港基本法で2007年から08年の間に直接選挙で議員を選出すると定められていましたが、中国政府は2000年代初頭の鳥インフルエンザの流行などさまざまな機会に香港の民主化を制限するようになり、2004年には完全な直接選挙への移行を不可能にする制度改革を行いました。具体的には、議員の約半数を直接選挙ではない職能別間接選挙とし、政府の息がかかった人物だけが当選する制度にしたのです。この結果、現在の立法会では、民主派は定数70のうち30の議席を占めているに過ぎません。 行政長官については、基本法で1200人の選挙委員から選ばれることと規定されています。2017年からは直接選挙によって選ばれることになっていましたが、2014年、中国は中国政府の認めない人物は候補者になれないという制限を一方的にかけました。 中国政府の相次ぐ約束違反に香港住民は怒りを爆発させました。そして学生たちが行った激しい抗議デモが2014年の「雨傘革命」でした。 今後、民主派は雨傘革命の経験を踏まえ、立法会及び行政長官を直接選挙で選出することを求めていくでしょう。それが(4)の民主的選挙の実現です。 今回の区議会選挙の直後、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は「政府は虚心に市民の意見に耳を傾ける」と表明していましたが、翌26日の記者会見では、警察に関する独立委員会の設置などの要求には応じない考えを表明しました。中国政府と協議をした結果であると推測されます。
中国政府のデモ隊への実力行使はあるか?
中国政府も今回の区議会選挙において誤ったとみる見方が多いようです。中国はこれまで、香港政府に選挙を歪める工作をさせるなど半直接的な介入はしませんでしたが、デモを扇動している過激派がいると非難し、また人民解放軍の動向をことさらに報道するなどして間接的にデモに圧力を加え、民主派勢力の増大を食い止めようとしてきました。しかし、結果は逆目に出ました。 中国政府の中には民主派の躍進に驚きを隠さない声もあると伝えられています。また、新華社通信など国営メディアは、区議会選挙を報じてはいますが、民主派と親中派のそれぞれの議席数などは伝えていません。香港で民主派が大勝利を収めたことなど国内に伝えたくないのです。 今後、中国政府が香港デモに対してどのように対応をするのか、不透明な面もあります。 中国では、香港基本法で決まっていたことを歪曲したのは中国自身だという認識は希薄であり、香港の情勢を悪化させたのは、一部の過激派やそれを扇動する外国勢力だという見方にこだわっています。特に米国議会が制定した、香港の人権と自治を擁護するための「香港人権・民主主義法」(トランプ大統領が27日に署名し成立)に強く反発しています。 香港情勢がさらに緊張の度合いを強めれば、中国は人民解放軍を投入して実力で民主派を排除する恐れもあります。 習近平主席はこれまで、言論の統制強化や人権派弁護士の取り締まりなど強硬な手段で中国内の民主化を求める動きを封じ込めてきました。香港の民主派が勢力を増大させ、それに対して政府が有効な対応策を取れなければ、中国内へも悪影響が及ぶと強く警戒していることは疑いありません。 しかし、香港に対して強硬手段を取れば、新疆(しんきょう)ウイグル自治区での少数民族弾圧など国際的にすでに注目されている地域情勢にも影響が生じます。また台湾では、香港住民の意思を尊重しない政府の対応をみて、中国への警戒心が一層高まっています。 台湾は、習近平政権にとって最大の課題であり、最近も台湾と外交関係がある国を相次いで中国の承認国に転換させるなど、台湾の孤立化を進めようとしています。中国が香港に対して強硬策を取ることになれば、台湾に及ぼす影響は計り知れません。中国への警戒が高まることで台湾世論の反中国的傾向が強まれば、台湾の中国への統一など遠い将来にも実現しないことになるでしょう。 そのように考えれば、香港が中国からの独立を宣言するなどの強硬な対応を取れば別ですが、そうでない限り、中国が武力を用いて香港をコントロールする危険性は高くないと思います。 それよりは、民主派の求める「5項目要求」に応じる方が、中国として得策ではないかと私は思います。中国は二言目には「主権にかかわる問題だ」と主張しますが、客観的にみれば、5項目の要求に応じても、中国の統治体制や安全が脅かされるわけでなく、中国の主権は侵されることにはなりません。むしろ本来の「一国二制度」を実現することになると考えるからです。
------------------------------------ ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹