齊藤工「映画にとって不誠実かもしれない」 “非商業的・被写体ファースト”を徹底した、映画人としての挑戦
背景を説明しないからこそ、届くものがある
――竹林監督に伺います。『大きな家』は、実存する児童養護施設を舞台にしたドキュメンタリーです。それゆえの難しさはありましたか? 竹林亮(以下竹林) ドキュメンタリーの場合、観客は、登場人物のバックグラウンドが気になると思うんです。それを示すのがドキュメンタリーの王道なのかもしれませんが、『大きな家』は、子どもたちの背景や事情をオープンにしないことを前提としています。だから、この作品がどう成り立つのかという怖さみたいなものはありました。 ただ、個人的には、背景を説明することで、観ている人が、子どもたちのことをわかった気になってしまうこともあるんじゃないかと思っていて。なので、バックグラウンドを描かなかった分、観客が、子どもたちの言葉に耳を澄ませ、背景を想像するというか、「自分に近いところがあるかもしれない」と思いながら観てくれるのではないかという気もしています。 被写体となった子どもたちは、7歳から19歳まで、年齢順に登場しているんですが、それも、「こういう背景があって、こういう性格だから、この順番」と、個人にフォーカスするのではなく、もっと広く、ひとりの子どもの成長を見守るような気持ちで、観てほしいという想いがあったからなんです。
子どもたちの「人生のお守り」になるような作品に
――確かに、子どもたちを年齢順に登場させることで、自分の環境の捉え方や周囲とのかかわり方などが、年齢を追うごとに微妙に変化していく様子が伺え、いろいろと考えさせられました。そもそもドキュメンタリーとはどんなものだと、おふたりは考えていらっしゃいますか? 竹林 僕はドキュメンタリーでもけっこう我流なことをしているので、僕がドキュメンタリーを語るのはどうかとは思うのですが……。 観る人、観られる人の双方にとって、良い意味があるということ。それが、ドキュメンタリーで大事なことなんじゃないかと、僕は思っています。この『大きな家』は、出演した人が、「この映画に出て良かった」と思えるようにと考えながら、記録し、編集しました。 子どもたちは原則18歳になると施設を出て、自分の力で生活していくわけですが、そこで苦労を味わうことも多いそうです。そんな時、彼らがこの映画を観て、自分には前に進む力がある、周りの人に応援されながらここまでやってきたんだと思い返せる、人生のお守りになるような作品になればという想いで、つくりました。 齊藤 ドキュメンタリーで被写体になった経験から言うと、ドキュメンタリーでは、時としてカメラが武器に見えることがあるんですね。自分を狙い、襲い掛かる武器に。だけど、竹林さんのつくる現場は、まったく違う。心を許せるというか、むしろ、独白しているような気分になる場所なんです。そう考えるとドキュメンタリーは、切り取り手の、被写体との心の距離がそのまま映ってしまう、ある種残酷なコンテンツなのかもしれません。 でも、竹林さんは、映画のサビになるような部分を半ば強制的に導いたり、過度な期待をして、それを待ったりしていない。それは、フィクションには辿り着けない境地だと思います。いわば竹林監督の作品は、ドキュメンタリーというより“竹林”というジャンル。僕は、そう思っています。 竹林さんが言うように、この作品は、被写体となった子どもたちにとって、これからを生きるお守りになると確信していますし、それこそが、観客の心に一番響くのではないかと思います。 利益ではなく、子どもたちの未来を優先した『大きな家』。それは、ある種社会の歪みによって生まれた問題を、自分ごととして抱えなければいけない彼らへのエールでもある。後編では、社会の理不尽さや将来の不安を抱く子どもたちに、我々大人はどう対峙すべきか。映画制作を通じて、齊藤氏と竹林氏が感じたことを明かしてもらう。 大きな家 2024/日本 監督・編集:竹林亮 企画・プロデュース:齊藤工 配給:PARCO 製作:CHOCOLATE Inc. 2024年12月6日(金)東京 ホワイトシネクイント、大阪TOHOシネマズ梅田、名古屋センチュリーシネマ先行公開、他12月20日(金)全国順次公開 齊藤工/Takumi Saitoh パリコレ等のモデル活動を経て、2001年俳優デビュー。『昼顔』、『シン・ウルトラマン』など数々のドラマや映画で主演を務め、現在配信中のNetflix『極悪女王』やTBS日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』など話題作に出演中。俳優業と並行して映像制作にも積極的に携わり、初⻑編監督作『blank13』で国内外の映画祭で8冠を獲得。劇場体験が難しい被災地や途上国の子供たちに映画を届ける移動映画館「cinéma bird」の主宰や全国のミニシアターを俳優主導で支援するプラットフォーム「Mini Theater Park」を立ち上げるなど、幅広く活動している。 竹林亮/Ryo Takebayashi コマーシャル、YouTubeコンテンツ、リモート演劇、映画等、さまざまな映像作品を監督。2021年公開の青春リアリティ映画『14歳の栞』は単館からのスタートだったが、SNSで話題となり45都市にまで拡大。監督・共同脚本を務めた長編映画『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』にて、第32回日本映画批評家大賞 新人監督賞・編集賞を受賞。
TEXT=村上早苗 PHOTOGRAPH=干田哲平