《漬物クライシス勃発》6月以降、おばあちゃんの漬物が全国から消える? 法改正によって厳しすぎる水準が課せられた2つの理由
食中毒への対策と東京オリンピック開催に合わせた法改正
法改正により設けられた営業許可の内容は、国際水準に則った厳格なものであり、厳しすぎるとも囁かれている。ここまでの水準を農家に迫る理由について、松平氏は2つの理由を説明する。 「ひとつめは、塩や調味液で短時間、漬けた浅漬による食中毒が起きていたこと。実は浅漬による食中毒というのは定期的に発生していまして、なかでも2012年に北海道札幌市にて発生した集団食中毒事件は、発症者169人、死亡者8人する事態にまで発展しました。こうした事件が契機となり、漬物を製造する衛生基準の見直しが国で審議されるようになったと聞いています。 ふたつめは、東京オリンピックを開催したこと。オリンピックに合わせて、食品加工も国際的な水準に合わせるべきという議論が国内で進み、そこで国際的な衛生水準であるHACCPに準ずることになったことが指摘されています」 食中毒への懸念と国際化への対応が背景にあるワケだが、規制する漬物の線引きがあいまいだと松平氏は苦言を呈す。 「食中毒の原因の多くは浅漬によるものですが、そのほかの種類の漬物も一律で規制されてしまっているのが問題です。漬物には浅漬以外にも、たくあんなどの糠漬をはじめ、みそ漬、粕漬、酢漬、塩漬、醬油漬など多くの種類があります。なかには、長期保存が可能で食中毒を引き起こしにくい漬物もあるのですが、浅漬と塩分濃度や漬け込む日数の区別がつきにくいことから、漬物全般が規制対象となってしまっています」 一方で近年では減塩ブームが進んでおり、市販の漬物の塩分濃度が低くなり、漬物による食中毒のリスクが高まっているというのも事実だろう。 「しかし、それでもこの線引きは、国のほうでしっかりと議論がされていなかったことが指摘されていまして、行政ニーズで改正が進んでしまった印象がありますね」
低迷する生産量と購入額…超ローカルな漬物は支援もなく消滅危機
そもそも漬物自体、生産量と購入額が減少傾向にあるという。 「2023年5月、農林水産省が発表した『野菜と漬物をめぐる状況』によれば、漬物の生産量は1991年の約120万tがピークで、その後ある程度の増減はありますが、全体的には減少傾向なんです。 2001~2002年に一度は1991年の水準近くまで回復するものの、また下がってしまっています。特に糠漬がかなり生産量を減らしていまして、代わりに浅漬けやキムチの割合が上昇。近年はコロナ禍による巣ごもり需要で生産量はアップしているものの、2022年の生産量は約80万tとなっており、全体的な推移としてはやはりだいぶ減ってしまっているのです。 そして、総務省の『家計調査』をもとにした一世帯あたりの漬物の購入額は、1983年時から2022年の約40年の間で3割近くも減ってしまっています。米の消費量減に伴って、漬物の購入額も減っていると考えられており、今後も数字を落としていく可能性もあります」 漬物を取り巻く環境は我々の想像以上に苦しいようだ。だが、この状況を黙って見過ごせないと行動を起こしている自治体もある。 「いぶりがっこで有名な秋田県横田市や、漬物が特産品の島根県雲南市では、漬物製造に必要な機械・施設導入に要する経費を助成する事業を行っています。漬物の製造が盛んな地域では、漬物を重要な産業と位置づけて積極的に支援しようとする動きが目立っており、今後も継続的な製造・販売が期待できそうです」 ただ、自治体が動いてくれれば万事解決……という単純な話ではなく、どこの自治体でも援助ができるわけではないだろう。 「もともとの漬物の知名度やブランド力が高くないと、自治体も支援を行うことは困難です。加えて、国からの具体的な支援策はないので、地方自治体ベースで対策を練らねばなりません。自治体のなかには、職員の姿勢ややる気次第で如実に政策に影響が出てしまうため、漬物が有名な地域以外は支援が行き届かなくなり、ローカルな漬物はどんどん姿を消していってしまう可能性があるのです」 その地域で脈々と受け継がれてきた漬物はなくなってしまうのか。漬物文化の将来について、国全体で考え直すべきと松平氏は指摘する。 「本来、漬物は多種多様な担い手によって作られる食品。各々の地域に残された味付けや製法は、実に幅広く、ブランディングされていないローカルな漬物でも美味しいものはたくさん残っています。そうした漬物がこの機会に失われてしまうのは痛ましいことです。 過去には今以上に豊かな漬物文化が残っていましたが、食の欧米化によるニーズの低下により、すでにこの世からなくなってしまった漬物も少なくありません。日本の食卓に欠かせない存在だった漬物という食文化の喪失はあまりにも大きいものです。今一度、漬物文化の継承について真剣な議論が必要ではないでしょうか」 取材・文/文月/A4studio 写真/shutterstock