日米韓の安保協力強化:現場の宿題と「真の大問題」
現場から遊離すれば「絵に描いた餅」に
この宿題を解決するには、まず以下3つの戦略構想・作戦計画を突き合わせて検討し、調整を図るという、これまで全く手つかずだった課題に取り組まなければならない。 (1)米軍の戦略構想と作戦計画 戦略打撃(ミサイルや航空機による攻撃能力)と戦力投射(自国の外で軍隊を展開する能力)が基本(※各種事態を想定した複数の計画が必要) (2)日米安保の戦略構想と作戦計画 「盾と矛」(自衛隊による専守防衛と米軍による敵国への攻撃)に代表される日米の戦略的任務分担が基本 (3)米韓同盟の戦略構想と作戦計画 北朝鮮の抑止と韓国の防衛および反撃が主眼 さらに、朝鮮半島と台湾の複合事態を想定した具体的な作戦計画も立案する必要がある。これらは多大な負担が生じる作業であるが、日米韓の防衛・軍事当局は速やかに開始しなければならない。 その後、3カ国は整合性を保った戦略構想や作戦計画に基づく精緻な共同訓練の実施という、自衛隊と米韓両軍の現場による最も難しい作業に取り組み、作戦能力を向上させる必要がある。それにより「地に足の着いた」日米韓の共同作戦が可能となり、首脳が合意した安保協力の強化が実現するのである。 もし、この3カ国の戦略構想と共同作戦計画の策定作業が事務的となり、現場から遊離するとしたら、それらは有事に全く機能しない「絵に描いた餅」になるのは火を見るより明らかである。 6月の日米韓防衛相会談での合意点の1つ、「朝鮮半島およびインド太平洋地域におけるさまざまな脅威を踏まえた」机上演習の実施は、今述べた3カ国の共同作業の成果である作戦計画を徹底的に検証し、不備な点を修正して完成度を高めることである。そしてさらに、その作戦計画を実戦に近い演習環境で検討し、問題点を改善して計画に再度反映させるという、気が遠くなるような現場の作業も控えている。
米国民の支持という「真の大問題」
昨年、日米韓の首脳は安保協力の強化とともに、毎年少なくとも1回は会談する方針を示した。しかし、岸田文雄首相は9月の自民党総裁選への出馬を取りやめ、バイデン米大統領も11月の大統領選からの撤退を表明した。両氏は間もなく退陣することになる。8月18日の共同声明の狙いについて、日本政府関係者は「首脳が交代しても3カ国連携に変化はないことを示すためだ」と説明したという(同日付の共同通信の報道)。 ただ、米国ではロシアによる侵攻が続くウクライナへの追加軍事支援の予算案に共和党内の保守強硬派が反対するなど、内向き志向が強まりつつある。今後、選挙戦を通じて世論が二分され、米国が同盟国や台湾の有事に全力で対処することへの国民の支持が弱まる恐れもある。実はその点こそ、これまでに述べた全ての課題を超越する「真の大問題」ともいえる。 米国が東アジアやインド太平洋に軍事面で関与し続けることに対する米国民の賛同は、日米韓の安保協力強化の大前提である。この点での米国内の支持拡大を最大の命題として日韓両国は取り組む必要があることを指摘して、本稿を終えたい。
【Profile】
香田 洋二 元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)。ジャパンマリンユナイテッド顧問。1949年徳島県生まれ。1972年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。1992年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。2009年から2011年までハーバード大学アジアセンター上席研究員。