「お父さんならできると思っていた」月川翔監督も驚いた前向き一家 「ディア・ファミリー」
「ディア・ファミリー」は不治の病と闘う父娘の物語。泣ける場面がたくさんあっても、いわゆる難病ものと違い、見終わって悲壮感よりも大きな希望が残る。娘を救いたい一心で画期的な医療器具を開発した実話の映画化で、月川翔監督は「リアリティーを大切に、前向きな映画にしたかった」と語る。 【写真】「ディア・ファミリー」のモデルとなった筒井宣政・東海メディカルプロダクツ社長=2007年、小林努撮影
娘を救いたい一心が、画期的医療機器を生んだ
1970年代末、町工場を経営する坪井宣政(大泉洋)の次女佳美は心臓の難病で、20歳まで生きられないと告げられた。しかし宣政は「絶対治す」と人工心臓の開発を決意する。大学研究室の協力を取り付け、私財を投じて研究に打ち込むものの、ある時「明日人工心臓ができても治癒不能」と宣告される。しかし佳美は「技術を苦しんでいる人のために役立てて」と宣政に託し、宣政は日本人の体質に合ったカテーテルの開発に没頭する。 物語はほぼ実際の出来事の通り。月川監督は映画化を打診され、あまりに劇的な内容に「本当か」と驚いたという。特に、娘を亡くした後も、苦しんでいる人を救おうと開発を続けたことに興味がわいた。「どんな心持ちだったのか。家族の話を聞いてみたい、映画にしたいと思った」。この家族を20年にわたって取材し、ノンフィクションとして出版した清武英利の取材ノートを借り、家族を何度も訪ね、話を聞いた。 「一番心が躍ったのは、佳美を助けられないと分かった後で、医療機器の開発が家族みんなの目標になっていくところ。命が尽きて悲しい物語ではなく、家族が目標を達成して、今も救われる人がいることに感動させる映画にしたかった」
作り物と思われたら観客の気持ちが離れてしまう
「こだわったのはリアリティー」と月川監督。凡百の映画よりも映画的な展開だけに「作り物と思われたら観客の気持ちが離れてしまう」と覚悟した。父親には何度も質問をぶつけた。「人工心臓の大きさや色など、気になったことを一つずつ。医学的、工学的な面もないがしろにしたくなかったので、別の技術者にも確かめたりもしました」。あきれられるほど根掘り葉掘り聞いたのは、「『携わった人がウソとは言えない』というラインを指針にした」からだ。映画に登場する実験装置もできるだけ実物に近づけ、人工心臓の試作品は本物を借りた。40年以上前の町並みや風俗も、忠実に再現。家族のエピソードや会話も、証言に基づいたという。 宣政は医療の知識は皆無でも、娘を救いたい一心で猪突(ちょとつ)猛進。遅々として進まない開発にいら立ち、借金を背負い、大学の理不尽な慣行にも悩まされながら、妻や子どもたちに励まされて苦難を乗り越える。実際の父親を、月川監督は「タフな人だと思います。『なんでうまくいかないんだ』という怒りをエネルギーに変える人だと思う」。大泉が演じた宣政は、少しマイルドにしたそうだ。そして家族。一家の長女に「本当はお父さんをムチャだと思ってたわけですよね」と聞いたら「いや、できると思ってたんですよ」と即答だったとか。「何とかなると思っていたようです。それがすごい。きっと、そういう人たちじゃなかったらできなかった」 一方で、あえて〝泣かせどころ〟を抑えた部分もあった。「家族が話す度に涙ぐむエピソードがあるんですが、あえて映画には盛り込まなかった」。というのも「佳美が、他の人の命が救われて喜ばしく受け止める、前向きな映画にしたかったから」。