【特別対談】『Fate』奈須きのこ ×『崩壊:スターレイル』David Jiang ―「本当に自分が描きたいものかどうかわからない」に、どうやって立ち向かう? 「夢」と「欲望」を具現化する方法
「Fateシリーズと、TYPE-MOONコンテンツが大好き!」 そう語るのは、『崩壊:スターレイル』のプロデューサーを務めるDavid Jiangさん。どうやらDavidさんは、思春期に『Fate/stay night』などのTYPE-MOON作品に触れ、クリエイターとしての活動に大きな影響を受けたようです。たしかに、TYPE-MOON作品は思春期に触れたら大変なことになる。 【この記事に関連するほかの画像を見る】 そしてなんと今回、そんなDavidさんと、「Fate」シリーズ及びTYPE-MOON作品の生みの親でもある奈須きのこさんの対談が実現したのです! 両タイトルのファンとしては、「ええっ、本当に!?」という驚きを感じずにいられません。まさに国境を越えたスペシャル対談です! しかも、実は奈須さんも『原神』や『崩壊:スターレイル』などのHoYoverseタイトルをかなりプレイされているとのこと。え、『崩壊:スターレイル』やってたの? マジで? 奈須さんは一体いつゲームしてるんだ? そんな奈須さんから語られる「HoYoverseタイトルの面白さ」も、必見です。 DavidさんがTYPE-MOON作品から受けた影響。『崩壊:スターレイル』とTYPE-MOON作品から迫る、ストーリーの作り方や、キャラクターのデザイン技術。そして「自分が描きたいもの」を形にするためのクリエイターとしての心構え……まさしく「夢の対談」でありつつ、タメになるお話もたくさんお聞きしました。 『崩壊:スターレイル』の開拓者(プレイヤー)のみなさまにも、TYPE-MOONファンだったりマスターだったりするみなさまにもお楽しみいただける、素敵な対談になっています! そして「両方のファン」だという方は……いずれこの対談以上の「夢」を見られるかも? ぜひ、最後までご覧ください! 聞き手/TAITAI・ジスマロック ■TYPE-MOONとHoYoverseが出会うのって、実はこれが初じゃない? ──本日はよろしくお願いします。そもそもの質問になってしまうのですが、Davidさんはなぜ今回奈須きのこさんと対談をしようと思ったのでしょうか? David氏: 私自身、個人的に奈須さんの作品に若い頃からたくさん触れて育っており……やはり、ゲーム制作においても奈須さんの作品からいろいろなインスパイアを受けたところがあります。 実は以前にも一度お会いしたことがあるのですが、さらに「より深く交流ができたらいいな」と考え、今回の対談をセッティングさせていただきました。本日はよろしくお願いします! そして、奈須さんにひとつお伝えしたいことがあって……。 実は私、奈須さんと誕生日が同じなんです! 奈須氏: ええ、うっそぉ!? こんなことある!? David氏: 高校生の頃にゲーム制作者のプロフィールを検索していたら、奈須さんと同じ誕生日であることに気がつきました(笑)。 奈須氏: なるほど。多分、どっちかが異世界から転生してきているんでしょうね。 余計に親近感が湧きます。こちらこそ、よろしくお願いします。 ──いまチラッとお話が出ましたが、奈須さんとDavidさんは以前にも一度お会いされているのでしょうか? David氏: 実は以前、弊社の社長でもある劉偉(Dawei氏)と共にTYPE-MOONさんを訪問したことがあります。その際に、作品についての考えや会社の運営方法などのいろいろなお話をさせていただきました。 奈須氏: そうですね。一度、HoYoverseのみなさんとはお会いする機会に恵まれました。 Davidさんとは、その時に意気投合した部分もあります。 こちらもある程度「HoYoverseはゲームが好きな人たちが集まっていて、その情熱で動いている会社なんだろうな」と予想はしていたのですが、その時に返ってきたお話が……本当に想像以上でした。クリエイターの情熱プラス、合理的な企業理念。「うん、これは大きな企業になって当然だ」と。 そんな会社の成り立ちに親近感も覚えつつ、同時に「“好き”という気持ちを燃料にして、自分たちにはできないことをやってのけた人たちがいるんだ」と、憧れやリスペクトの対象になりました。 ──おふたりの間にそういった繋がりがあったとは、驚きです。ちなみにその際、具体的にはどんなお話をされたのでしょうか? 奈須氏: それはもう……………国家間の機密ですよ。 一同: (笑)。 奈須氏: ちょっと具体的には言えないのですが、やはり両社とも良い意味で「お互いに無視できない存在」ではあったんです。個人的にもお話しできる機会があるなら、ぜひしたいと思っていました。 あと、「クレー」【※1】に関して言いたいことがいっぱいあったんですよ! ──え、『原神』のクレーですか? 奈須氏: 自分の知り合いがクレーの大ファンで。彼はずっとクレー愛で『原神』を遊び続けているんですが、クレーがいつまで経っても強くならないことを嘆いていました。なので自分に、「クレーがいつ強くなるのかホヨバの人に聞いてきて!!」と(笑)。 David氏: ご期待に応えられるかわからないのですが、一応『原神』チームにも伝えておきます(笑)。 ■奈須きのこが語る『崩壊:スターレイル』の面白さとは ──事前に「奈須さんがHoYoverseタイトルを結構プレイされている」というお話は聞いていたのですが、もしかして割とガッツリ遊ばれてますね!? 奈須氏: そうですね。『崩壊:スターレイル』も、PS5版が出るまでは我慢していて……。最近やっとPS5版がリリースされたので、少しずつ進めています。 やはり待望のコマンド制RPGでしたし、いちゲーマーとしても「『原神』の次はどんなものが出てくるのか?」と楽しみにしていました。……とはいえ、知り合いがいち早くPCで『崩壊:スターレイル』をプレイしているところを見て、「これ無料で配るのやめてよー!!」と頭を抱えて(笑)。 奈須氏: 実は『崩壊3rd』もプレイさせていただいていたんですが……個人的に、スマホでプレイするのがちょっと辛くなってしまって。好きな方向性のアクションではあるんだけど、スマホのスワイプ操作があまり肌に合いませんでした。 「いつかこのアクションをコンシューマーで遊べたらなぁ……」と思っていたところ、『原神』が出てきました。その事もあって『原神』は、サービス開始日から遊び続けています。最初は傲慢にも「日本のオタク文化を土壌にして育ったコンテンツが、どんなものを見せてくれるんだ?」という上から目線というか……マウント的な視点で遊び始めたところはあったんですよ。 それが少しずつ少しずつ、日を追う毎にゲームにこめられた熱量、技術、なにより「こういう世界で遊びたかった」という夢が詰まっていた。長くオタク文化の中で夢物語だったものを現実として出力している。その行動力、完成度の高さに天を仰ぎました。「ありがとう」と。 その時に、HoYoverseの「Tech Otakus Save the World(技術的なオタクは世界を救う)」というスローガンを見て「これを本気で言っている人たちなんだ」と実感したんです。 ──そこから『崩壊:スターレイル』をプレイされている中で、なにかDavidさんに伝えたいことなどはありますでしょうか? 奈須氏: まだ自分はヤリーロ-Ⅵまでしか進めていないので、そこまで深いことは言えないのですが……やはり『崩壊:スターレイル』は、「長期間続ける」ことを前提にした基本のコンセプトや世界観設定がめちゃくちゃしっかりしていると思います。 これは『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)【※2】を立ち上げる時にも意識したことなのですが、運営型タイトルは、「“ユーザーが安心して遊べる場”を提供するための設定」を必ず用意します。たしかにRPGは「無限に広がる世界」を表現できるけれど、キチンとした枠組みはあるべきです。 そして、『崩壊:スターレイル』はその設定がバチッと決まっている。「これは運営型タイトルとして、考え尽くされた設定だな」というのが、一番初めに遊んだ時の感想でした。 David氏: ありがとうございます……! 『崩壊:スターレイル』は、立ち上げ時の段階で「長期間運営を続ける」という方針を決めていました。たとえば、プレイヤーのみなさんがVer.2.0で訪れる「ピノコニー」に登場するキャラクターは、すべてver.1.0のストーリーや、リリース前の段階で登場の示唆やアピールを行っています。 今作は「明確かつ拡張性に富んだ物語」と「世界観の構造」に関して、さまざまな工夫を施してきました! 奈須氏: そもそもがスペースオペラものだから、冒頭で「この世界にはいろいろな惑星がある」ことは提示しつつも、最初の宇宙ステーション「ヘルタ」でドラマチックなオープニングと、これでもかと高いゲームクオリティを見せつける。本当に「これでもか」と見せつけて!! 一同: (笑)。 奈須氏: そこからソーシャルゲームとしての、デイリークエストなどのシステムを提示する。そのままヤリーロ-Ⅵのメインストーリーに突入して、プレイヤーに向けて「この次の惑星も楽しみにしてね!」と伝える。このゲームとしての一連の導線が、すごく綺麗に作られていると思います。 ストーリー・エンタメとしての「先の見据え方」と、ゲームシステムとしての「先の見据え方」が綺麗に融合しているんですよね。だからこそ、「考え尽くされているな」と感じました。 一度この設定を間違えてしまうと、ユーザー的にも「このゲームはどこに向かうんだろう」という不安が生じてしまいます。ただ、『崩壊:スターレイル』はそれが一切なかった。やはりHoYoverseの過去タイトルで培われた技術や経験値もあるとは思うのですが、ひとつのタイトルとして盤石の布陣で始まったなと。 だからもう……「うん、これはやっちゃうな」と。自分がこんなに忙殺されていなければ、1日1時間と言わず1日4時間は遊んでいますね。早く最新ストーリーに追い付きたい! ──逆にお聞きしたいのですが、やはりDavidさんは「Fate」シリーズやTYPE-MOONのコンテンツがかなりお好きなのでしょうか。 David氏: もちろん大好きです! たしか2004年くらいに、インターネットを通じてTYPE-MOONの作品を知ったのが一番最初だと思います。初めは「セイバーがかわいい!」くらいのカジュアルなファンだったのですが、『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』(以下、『UBW』)【※3】で描かれるキャラクターや世界観に衝撃を受け、自分の人生観にかなりの影響を受けました。 今の仕事をしている時にも、『UBW』からもらったアイデアや考え方を活用することがあります。なんだか言い方がアレかもしれませんが……あの作品から学んだ「愛と正義」というテーマを『崩壊:スターレイル』でも貫いているつもりです。 奈須氏: なるほど……それは嬉しいですね。 David氏: 『崩壊:スターレイル』の企画を作り始めた段階で「どんなお話を作ろうか」という議題になった時も、具体的な作品像は浮かんでいなかったのですが「英雄(ヒーロー)の物語にしたい」というイメージだけは脳内にあったんです。 その時に思い浮かべた「英雄像」が、「Fate」シリーズに登場するサーヴァントやキャラクターたちでしたね。 ──やはり「キャラクター」に影響を受けた部分があるんですね。 David氏: もうひとつ影響を受けたとすれば、作品全体の「理想主義」な姿勢です。 やはり会社の規模が大きくなるにつれ、「利益を基準に考えなければいけない」瞬間が来る時があります。ただ、そんな時でも「自分の理想とはなんだろう?」と改めて考え直すことが大切だと思っています。もちろん利益も大切ですが、自分の心の中のニーズや、利益以外のさまざまな選択肢を考えるようにしています。 そして、こういった決断をする時には「自分が学生時代に見ていたアニメのキャラクターたちだったら、どんな判断をするだろう?」と考えることが多いですね。それこそ、私は『stay night』のアーチャーが大好きなので、「アーチャーだったらこんな時どうするだろう?」と考えたりします(笑)。 奈須氏: あのCV諏訪部順一のイケボで、Davidさんの後ろから囁くわけですね!? あのイケボで!(笑) 自分もその葛藤はよくわかります。運営タイトルとしての利益と、作り手として譲れない誠実さは、いつも開発上の問題になってきますから。 David氏: 幸い、HoYoverseのこれまでの経験上「理想主義を取ったとしても、長期的な利益にはなってくれる」ことはある程度証明していると思うので、間違った選択ではないと信じています。 そしてユーザーのみなさまもそんな作品に触れてきた方々が多いと思いますので、きっと理解してくれるだろうと考えています。 奈須氏: これは我々にも言える話ですが、やはり「キャラの性能」を売っているわけではないんですよ。もちろん「性能がいい」に越したことはないんですが、キャラクターのデザインや内面、そしてプレイヤーがそのキャラクターからどんな感情を得るかを大切にしたい。 そういう「自分(ユーザー)の人生の推しになるかどうか」を、まず先に判断します。個人的にそこが我々とHoYoverseさんの共通点だとずっと思っていました。実際に今の話を聞いて、「やっぱりそうだよね」と。 David氏: とても光栄です……! ──少し気になったのですが、Davidさんが先ほど話題にしていた「Fateから学んだ愛と正義」とは、具体的にはどういったものなのでしょうか? David氏: そこもやはり「アーチャー」の話になります。正直、最初に『stay night』を見た時には「なんかカッコつけた人」という認識だったのですが……そこから『UBW』に触れ、彼の重い過去や「正義」を求めるその姿が思春期の私にすさまじい衝撃を与えました。 あとは、「ランサー(クー・フーリン)」もすごく大好きです。あの言峰神父に「自害しろ、ランサー」と命じられながらも遠坂凜を守る姿に「すごく男らしい」と感じていました。だから、当時は「自分もランサーのような人間になりたい!」と思っていました(笑)。 奈須氏: えっ、じゃあHoYoverseの社長が「自害しろ」って言ったら……。 一同: (笑)。 ──今回の対談があるとお聞きした時、どうしても聞いてみたかったことがあるのですが……やはりクラーラとスヴァローグは『stay night』のイリヤとバーサーカーをオマージュ、リスペクトしたキャラなのでしょうか? 奈須氏: すごいことを ききますね? David氏: 「参考にしなかった」とは言えないですね……(笑)。 やはり、「少女と強大な存在」にはロマンがあります。そしてこの組み合わせを考えた時、多くの方が「イリヤとバーサーカー」を思い浮かべるのではないでしょうか。そういった「みんなの好きなもの」を参考にしつつ、独自性のある新たなキャラクターを生み出すようにしています。 奈須氏: 同感です。オタクが大好きなものですし、さまざまな作品でずっと試行錯誤されてきた王道デザインだと思っています。一作品につき必ずひとつある、みたいな(笑)。 ■「本当に自分が描きたいものかどうかわからない」に、どうやって立ち向かう ──『崩壊:スターレイル』と「Fate」シリーズは、やはりどちらも「ストーリー」を楽しみにしているユーザーが多いと思います。この「ストーリーでユーザーの興味やモチベーションを持たせ続ける手法」について、お聞きできればと思います。 David氏: たしかに、私が以前携わっていた『崩壊3rd』もストーリー性を重視したタイトルでした。『崩壊:スターレイル』も合わせると、ストーリーを意識した路線をずっと続けていますね。 具体的に意識していることとしては、やはりそこも「愛と正義」の話になります。ストーリー作りにおいては、自分の中で「愛と正義を、どうやってストーリーで表現しよう?」と考えるところから始め、そこから出てきた問題点をひとつずつ解決していくようなスタイルが多いと思います。 私自身、直接シナリオを書くことは少ないのですが……『崩壊:スターレイル』のシナリオライターの一員(焼鳥氏)は、私が『崩壊3rd』に携わっていた頃から一緒でした。そして、ちょうど『崩壊3rd』に携わっていた時、彼はシナリオ制作で悩んでいることがありました。 ただ、彼のシナリオは既に完成度が高く、こちらから指摘するような点はありませんでした。そんな時にアドバイスしたのは、「“本当にそれはあなたが伝えたいストーリーなのか? 本当にそれはあなたが好きなキャラなのか?” と自分自身に問うことが大事」ということでした。 そのため、ストーリー制作においてはテクニカルな面より、自分自身が表現したいものであるかどうかを問うことが大切ではないかと考えています。ただ、私自身はシナリオ専門の人間ではないので、開発チームの中での脚本を作る能力は中の下くらいではないかと思います(笑)。 一同: (笑)。 David氏: 最初にプロデューサーを務めた時は、やはりシナリオの表現ひとつとっても、自分自身が細かくチェックを行い、全体をコントロールすべきだと考えていました。ですが、より多くのメンバーと一緒に仕事をするようになり、「彼らの能力をもっと信頼するべきだな」と気づきました。 やはり自分ひとりが「ここを直したい」と思っても、それは自分の好みの問題でしかありません。そして、今の時代にマッチした作品を作るのであれば、私よりも若いシナリオライターの方が描いたものの方が、感性なども含めて今の若いユーザーに響くシナリオを作れるのではないかと考えています。 ──奈須さんはいかがでしょうか? 奈須氏: そうですね。時代、触媒に合わせたシナリオ作りは念頭に入れるべきだと思いますが、それとは別に、ユーザーのモチベーションの在り方を大切にしています。具体的に言うと、どんな物語であれ「謎を用意する」ことです。 世界の謎、キャラクターの謎、テーマの謎……いろいろな「謎」があると思うのですが、結局どんなに面白い話であったとしても、「何の危険も、何の不安もない平坦な世界の話を読みたいか?」と言われると、まぁそうではないだろうと。 なにかどうしても気になってしまう「疑問」がある。 ユーザーにとっての「明かしたいもの」があり、その不明点を明らかにしてスッキリしたいという欲望こそが、集中力を引っ張っていくものだと思っています。 面白い世界観やキャラクターも当然必要なんだけれど、それだけだとユーザーにとってはその世界とキャラのことを知ってしまえば、物語はそこで終わりになる。さきほどDavidさんが言われた通り、謎や疑問がない状態だと、そのキャラが気に入らなければそこでおしまいです。 そうして、ユーザーに「この物語を最後まで読みたい」と思わせる好奇心や知識欲を植え付けた上で、各キャラクターのドラマを回していく。そうすると、自然に興味を惹くことができると考えています。 自分がミステリー好きなのも大きいとは思いますが、これってみんなが当たり前にやることだから、自分が偉そうに言うことでもないのですけどね。 ──やはり「ミステリー」から受けた影響も大きいんですね。 奈須氏: 自分の場合、そこにプラスで「美しいものを書きたい」と思っていた。それこそ、無名だった頃から。ただ、「美しいもの」と言っても、その「美しいものを書きたい」という言葉に憧れていただけでした。「自分にとって美しいものとは何なのか」という答えに気づくまでに、すごく時間がかかった。 「奈須きのこにとっての美しいもの」が何であるかを受け入れて、「このカタチを自分の中心に置いておこう」と考えたのが、2010年以降の奈須きのこなんじゃないかと思っています。 ──その「奈須さんにとっての美しいもの」とはなんなのでしょうか? 奈須氏: そうですね。一言でいってしまえば、「成し遂げた後」の人々やその状態が、自分にとっては最も尊重できるものだったようです。 ──さきほどDavidさんが「本当に自分が描きたいものであるかを自身に問う」というお話をされていましたが、奈須さんは「本当にこれは自分の描きたい話なのか?」と悩まれることはあるのでしょうか。 奈須氏: 多分、自分はそれを『空の境界』【※4】で出し切ってしまったんですよね。 だから、それ以降は言ってしまえば惰性でした。「自分はこれしか才能がないから、これで食べていくしかない」と自分に言い聞かせていた。「美しいものを書きたい」とは言うけれど、その言葉に縋っているだけだった。 そこからいくつか歳を取り、いろいろなものを素直に受け入れられるようになって。だけどやっぱり対抗心もあったり……。そんなどっちつかずの中で、「結局のところ、人に喜んでもらえるのが自分にとっては一番うれしい」と気がつきました。 この「人に喜んでもらえるのが一番うれしい人種」って確実にいると思うんですが、クリエイターの大半はそうなんじゃないかと思います。自分の心も大事だけどサービスも大事。「作家性とか魂の叫びとかはいずれ勝手に出てくるものだから、今のところはみんなに喜んでもらえればいいじゃん!」と考えています。 David氏: 私も、いま奈須さんがおっしゃっていた時期と似た経験をしたことがあります。 奈須氏: 小説のように、自分ひとりの創作活動で終わるものは、結局自分と向き合うだけで作品を作り出して、そこで終わります。 逆に、ゲーム制作のように大きな組織の中で行う創作活動は、自分以外の人に目を向ける必要があります。その時に、自分の心の在り方が問われたり、「自分がやりたいこと」に対する見え方が変わってくるんじゃないかと思います。 ──ちなみに、奈須さんが悩んでいた時期は武内(崇)さん【※5】に相談などをしていたのでしょうか? 奈須氏: していたら何か変わっていたかもですね。武内には「完璧な自分」を見せていたかったので「次も凄いのやるよ」なんて態度で強がってました。最近はもう遠慮なく打ち合わせのたびに「つらいー、つらいー、ゲームしたいー、おいしいもの食べたいー」とか言ってますけど(笑)。 ──そうでしたか(笑)。というのも、さきほどDavidさんがおっしゃっていたシナリオライターさんとのお話が「作家と編集」の関係に近いような気がしているんです。そういうクリエイターとして「詰まった」時期に、どのようにクリエイティブ性を拡張されていたのかが気になります。 奈須氏: やはりそういう時期にクリエイティブ性を拡張してくれるのは、他のライバルたちの作品です。どんなに心が冷え切っていたり、もう下りたいと思っていても、他の方が作ったいいものを見ると……対抗心が燃え上がるんですよね。「チクショウおもしろすぎんだろ、俺だってやってやらァ!」みたいな。 自分だけを薪にし続けているといずれは燃え果ててしまう。 より長く、より熱くなるにはライバルという薪が必要なんだと思います。 David氏: クリエイターとしては、「仮想の敵」を作ることは割と大切ですよね。 「負けたくない」という気持ちが創作活動に刺激を与えてくれます。 やはり自分だけで考えようとしても、最終的に作りたいものがわらなくなってしまう時があります。そんな時に同じ業界のすごい作品を見て、「自分もこれに負けないものを作る!」と決意したりします。 ■両者の「ストーリーづくり」の違い。「ゲームを仕掛ける」とはどういうことか ──引き続き「ストーリー」についてお聞きしたいのですが、『崩壊:スターレイル』や『FGO』などの運営型かつRPGの場合、やはりストーリーとシステムの組み合わせが重要なのではないかと思います。そこの「総合的なゲームとしての組み上げ方」について、おふたりにお聞きしてみたいです。 David氏: そこに関しては、開発当初に何度か過ちを犯したことがありまして……(苦笑)。 当初はストーリーとゲームシステムのデザインを、別々のチームで行っていました。結果としてゲーム全体の構築が上手くいかず、苦戦をしました。 それを解決するために採ったのが、「週に1度、シナリオライターとシステム開発者がミーティングをする」という方法です。 たとえば、システム側が「これからローグライクっぽいコンテンツを出したい」という要望を出し、そこに対してシナリオ側が「では、そのコンテンツにはこんなお話でいかがでしょう?」と、上手く相互作用できるように提案をします。 そこから1~2ヶ月くらいかけて、両チーム同士の認識をすり合わせるようにしていきます。そこでお互いの考えが上手くまとまってから、正式なコンテンツ制作に移るような段取りを決めています。 ──なるほど、「模擬宇宙」【※6】などの新コンテンツはそうやって作られているんですね。 David氏: 「模擬宇宙」のようにシステム側の企画から始まることもあれば、逆にシナリオ側から新たなコンテンツの提案があったりもします。 たとえば「クロックトリック」【※7】などは、シナリオ側からの「こういうシナリオを書きたいから、こういうシステムがほしい」という提案で始まったコンテンツです。そういった「ストーリーからシステムが派生する」ケースもありますね。 その上で、「別々のチームであっても、お互いの仕事を理解し合うこと」が重要だと考えています。シナリオライター側にもゲームをしっかりとプレイしてもらい、ゲームシステムを理解してもらう。そしてシステム開発者にも、プログラミングだけではなくしっかりアニメを見てもらうようにはしています(笑)。 奈須氏: 『FGO』はそこまで複雑なシステムを搭載しているゲームではないので、ある程度開発的にも「やれること」が決まっています。だからこそ「FGOでやれることを、どんな見せ方をすればいつもと違うように見せられるのか?」という工夫の部分に、毎年頭をひねっています。 ちょっと昔の話になるのですが……まさに『FGO』を立ち上げようとしていた初期の頃、「奈須さんから、開発陣にFGOがどんなゲームなのか説明してください!」と言われて。もちろん、そこで細かい設定を語ってもつまらない。 そこで説明したのが、「まず、7つの章があります。これをクリアする事が目的だと提示します。この大前提の中で、いろいろやっていきます」ということでした。 ユーザーの視点から見て「このゲームは最初からゴールが見えていますよ」という最終地点を提示する。ただ、この大きな箱の中はまだスッカスカ。 メインストーリーという箱の中に詰め込む季節のイベントやピックアップキャラクターを決めたら、そこに合わせて曖昧模糊とした部分をキュッと絞っていき、ひとつの大きなストーリーにする。これが『FGO』の大まかな作り方です。 実はこれ『stay night』の企画でも同じことをしていて……。多分『stay night』がウケた一番の理由って、最初に「このゲームには7つのクラスがあります」と宣言したからだと思うんですよ。 ──それはどういった意味なのでしょう? 奈須氏: 最初に7つのステージを提示した『FGO』と同じように、『stay night』では初めからユーザーに「このゲームには7つのクラスしかいませんよ」と提示しているんです。これは、当時自分が触れていた日本の90年代のエンタメに対してぶつけた部分でもあって。 90年代のエンタメって、基本的に次から次へと強敵が出てくるんです。そして、人気があるうちはそのパターンをずっと続けていく。もちろんその形式も楽しいんだけど……それってユーザー的にはキリがないんですよ。 だからこそ、初めに「7つのクラス」「7つの特異点」というきっちりとした枠を作っておくことによって、ユーザーにはその世界に安心してもらう。安心してもらった上で、隙間だらけの世界をその時その時の旬のもので固めていき、魅力的に見せていく。これが、ある意味『stay night』から『FGO』に共通している部分かもしれないですね。 David氏: 中国のゲーム業界にも、そういった考え方はあります。「ゲームプレイのレイヤー分け」といって、ユーザーにとって毎日から毎週といった一定の期間の中でプレイする内容を最初に決めてもらわなければ、運営型ゲームとしては成り立たないと言われています。 奈須氏: そして運営型タイトルですから、『FGO』は「年間スケジュール」も決めます。 3年くらい先を見据えつつ大まかなスケジュールを決めて、その枠の中で行う「イベントのタイトル」を決めていきます。たとえば、翌年2月合わせの「バレンタインイベント」を決めたら、そこからどのサーヴァントを実装するかを確定させます。 ただ、これは「3年先の話」の予想。正直、自分たちも3年後に何をやっているかはわかりません。だからこそ、自分たちから見て「この人は1年先に生きている!」と感じるようなイラストレーターさんに「ちょっとこういう設定のキャラを描いてみませんか?」とお声がけしたりする。 そうしてデザインが完成形になった後、改めてシナリオライターさんたちと話して、「こういう仕上がりのキャラなら、今回のイベントはこんな話にしよう」と具体的なシナリオ方針を固めていく。この一連の流れも含め、やはり最初はスケジュールありきで決めていきます。 そして、そのサイクルの中で一番大事なのは、「可能なかぎり、同じことはしない」。 同じことをしていない限りは、少なくともそのゲームの中では常に新鮮なものになる。これが、ある意味運営型タイトルを続けていく上でのシンプルな方針ではないでしょうか。 ──『FGO』に参加しているイラストレーターの方は、そういった基準でも選ばれていたんですね。では、奈須さん以外のシナリオライターの方にはどういった指示やお願いをされているのでしょうか? 奈須氏: まず、『FGO』に参加するライターの方には「FGOはこういうテーマの話です。そして、最後はこういうオチになります」という大まかなストーリーを説明して、あとはみなさんにお願いする形ですね。 その大枠を踏まえてもらえれば、メイン章はそれぞれのライターの作家性を活かしてもいい。逆にイベントクエストの場合は、ゲーム性を活かした上で、ユーザーがほしいものをしっかりと提供してもらう。それぞれのシナリオの形に合わせ、「ちゃんと意義のあるものを書く」ことをお願いしています。 もちろんライターさんごとに特色があるので完全な統一はできないし、たまに「設定的には完璧なのだが、話の筋が優等生すぎる」「話の筋はめっちゃ跳ねてるけど、設定的に破綻してしまっている」といったパターンで問題が生じる時がある。だけど、これこそが自分が求めている「個々のライターの作家性」でもある。 そういう時に、自分が統括として凸凹になっているプロットのパラメーターを調整します。前者の場合は話の筋を調整して、後者の場合は設定を合わせる。この調整を行い、『FGO』という作品の全体のカラーリングを守る。 まぁでも……プロデューサー職はどこもこうなりますよね(笑)。 David氏: 私も、『崩壊3rd』に携わっていた頃からずっとそういう仕事をしています。『崩壊:スターレイル』の場合は、腕のいいライターが揃ってきたので、こちらの仕事量は減ってきました(笑)。 ですが、昨日も焼鳥(崩壊シリーズメインシナリオライター)は黄泉のシナリオに苦戦し、深夜2時まで作業をしていたらしく……。 奈須氏: 『崩壊:スターレイル』のシナリオライターさんに、「もう始まったら心休まる時はないでしょう」とお伝えください……。 一同: (笑)。 奈須氏: 同人でやっていた頃は、自分の作品を10人が見たとしたらその10人が満足すればいいし、逆に10人全員から文句を言われても「フゥン……」くらいに受け流すことはできました。 でも、タイトルが巨大化していくにつれ、さらに多くのユーザーに自分の作品が見られます。ユーザー数が30万、60万、100万と膨れ上がっていき……最終的に数百万人近くの意見を一身に受けるとか、普通こんなのやってらんないよ! そして、今まさに『崩壊:スターレイル』チームのみなさんがそういう地獄にいるのだと思います。スタッフさん、がんばって……そして報われて……! David氏: 奈須先生のおっしゃる通り、『崩壊:スターレイル』が世界中のユーザーから支持を受けている現状について、我々開発チームも大変うれしく思っています。しかし、ユーザーの数が増えるにつれ、「プレイヤー全員の好みに合わせることは難しくなっていく」という点も、我々が向き合うべき課題だと考えています。 たとえば、ストーリーと世界観のアップデートを楽しみにしているユーザーのため、我々は「ピノコニー」のような新たな惑星の制作にリソースを注ぎ、この宴会の星を舞台にヤリーロ-Ⅵや仙舟「羅浮」にも劣らない斬新なストーリー体験をお届けしなければいけません。 一方で、各種コンテンツ面に重きをおいているユーザーのために、「模擬宇宙」や「忘却の庭」といったエンドコンテンツの仕上げや調整に、膨大な時間を費やしてきました。 とにかく、我々は常に運営型タイトルとしてユーザーのみなさまのフィードバックを取り入れ、各種UIや仕様などを繰り返し改善するように心がけています。 開発チームのみんなは本当によく頑張ってくれていて……その結果として、『崩壊:スターレイル』は時代と共に進歩し、常に新鮮なゲーム体験を楽しむことができる作品として仕上げられました! ■おふたりに聞きたい、みんなで楽しむ「ライブ感」の生み出し方 ──「運営型タイトルとしての作り方」は、もう少し詳しくお聞きしてみたいです。やはり両タイトルとも、リアルタイムでストーリーが更新されていく「ライブ感」を大切にされていると思うのですが、そのユーザー間での一体感のようなものはどのように生み出しているのでしょう? 奈須氏: 「ライブ感」に関しては、どちらかというと「FGOというゲームを一番面白くするためのタイミング」を測っているところが大きいと思います。「いまアレが流行っているから、FGOでもやろう!」ではなく、「FGOの流れの中でこれをやったら、ユーザーは面白がってくれる」と確信できるタイミングを見極めるようにしています。 ここに関しては、『FGO』を真剣にプレイしてくれているユーザーほど、刺さるような仕組みを考えるようにしています。たとえば、「もう新クラスなんか追加しないよ!」と言っていたタイミングで、不意打ちで新クラスを出す。そしてそれが、物語上で意味のある新クラスになっている。そういう、物語に真摯なユーザーに喜んでもらえるタイミングでイベントを考えています。 それとは別に、季節イベントは安定性を第一とする。これはもう人が生きる上で必ず発生するイベントなので、「必ず、毎回ユーザーの期待に応えるもの」を心がけて作っています。 David氏: いま奈須さんがおっしゃっていただいたことに近い部分はあるのですが、『崩壊:スターレイル』を含めた現在のHoYoverseタイトルは「グローバル同時運営」が基本です。だから、「季節的なイベント」はちょっと少なめに設定しています。 やはり世界各地で祝日やフェスティバルの日などは全く違ってきてしまうので、グローバル運営を前提とすると、すべてのイベントに合わせるのはやはり難しいです。その代わりに、ゲーム内でオリジナルのフェスティバルを作ることに力を入れています。 奈須氏: oh、海灯祭!【※8】 David氏: まさにそれですね(笑)。 David氏: もうひとつ、「メインストーリーに合わせたPR」も重視しています。 やはり、具体的なプロモーションやマーケティングを考える前に、実際のメインストーリーは既に決定しています。その中で「このキャラクターは成長する」「このキャラクターは退場する」といったシナリオを先に設定し、それに合わせてプロモーションの仕掛け方やタイミングなどを考えます。 これの問題点としては、先にストーリーを確定させてしまうことで自分たち自身の制作が難航してしまう時があったりします……。やはりゲームだから、シナリオだけではなく演出やアニメーションなども並行して制作するのですが、シナリオだけ先に確定してしまい各チームの連携が微妙にズレてしまったりすることもあります。でも、最終的にはなんとかします! たとえば、『崩壊:スターレイル』のver.1.5はスケジュールの段階で「2023年11月15日」に配信することが決まっていました。 そのため、ちょうど配信時期に近い「ハロウィーン」に合わせ、当ver.のコンセプトを「spooky」……つまり、「不気味でありながら、バカバカしくて面白い」ものとすることにしました。このアイデアが元となり、「迷離幻夜譚」を制作しました。 「歳陽」がもたらす霊的な脅威を打倒することをメインストーリーに据え、開拓者にはいわゆる「ゴーストバスターズチーム」を結成してもらいました(笑)。 キャラ制作においても、仙舟「羅浮」における超自然現象のプロ「フォフォ」、邪悪な勢力の天敵「寒鴉」、そして生死の審判者「雪衣」を登場させ、十王司所属の魅力的な判官たちを出せたのではないかと考えています。 ──Ver.1.5のストーリーはそういった経緯で作られたのですね。「イベント」に関することをお聞きする中で改めて思ったのですが、HoYoverseのタイトルはオリジナルのお祭りやイベントを作る一方、『FGO』はハロウィンやクリスマスといった実在のイベントを採用していることが多いですよね。 奈須氏: 先ほどDavidさんがおっしゃられたように、HoYoverse唯一の弱点として「ワールドワイドで展開しているからこそ、世界共通のイベントを作れない」ところがあると思います。『FGO』だとイベントスケジュールなど基本的に「日本国内」に合わせているので、国内でのユーザーとのソーシャル性を押し出せているのですが……。 David氏: こちらも一時期、現実に合わせたゲーム内イベントを実装しようと考えていた時期があったのですが、いざやろうと考えると世界各地のスケジュールに合わせる必要があり、断念しましたね……。 奈須氏: 「クリスマス」というイベントひとつ取っても、クリスマスの習慣やビジュアルが国によって全く違うから、結局どこかの国に合わせなくちゃいけない。そうなると、合わせてもらえなかった国に疎外感が生まれてしまうから、どうしても実施はできないですよね。 なので世界展開を見据える場合、あくまでゲーム内の世界観で「これがウチの祭りなんです!」と宣言するHoYoverseさんのスタイルは正しいと思います。でも僕は食事配達イベントを忘れないぞ☆ ■「オタク文化」に国境はあるのか? 奈須氏: ちょうど「世界展開」の話が出たので、ひとつ「キャラデザイン」について話したいことがあって……。HoYoverseさんのキャラクターデザイン、『崩壊3rd』くらいまでは漠然と「スタッフさんの好きなもので固まってるんだな」という印象がありました。 しかし『原神』からは「スタッフの好きなものを入れている」だけではなくなっている。まずベースに中華のキャラデザインはありつつ、それを基にしてフランスやドイツといった各国の文化を取り入れている。オタク文化的でありながらクセがなく、キャラクター性がどんどん上がっていた。 そこから『崩壊:スターレイル』になったら、そのデザイン性が完璧に昇華されて、誰が見ても「あ、これはスタレのキャラでしょ」と一発でわかるようなデザインになっている。どんなテイストのキャラであろうと、中心に中華のデザインのアーキタイプが入っていることを、『崩壊:スターレイル』を遊んでいて強く感じました。 なので「このデザインの方向性こそが、中国発の新しいオタクメソッドになっていくんだろうな……」と。ゲームの規模、開発力が話題になりがちですが、HoYoverseはデザイン面も特出している。アップデートされるたびにそう思います。 David氏: ありがとうございます……! ですが、実はそこも結構悩んでいるポイントだったりします。やはりひとつの作品としての完成度とクオリティを確保するために、キャラクターのテイストや世界観は統一する必要があると考えています。 そのため、結果的に『原神』や『崩壊:スターレイル』も、奈須さんがおっしゃっていただいたような「一目でどの作品かわかるようなデザイン」になっています。 ただ同時に、「この方針を続けていくと、新しいキャラクターの斬新さや新鮮さが、ユーザーにとっては薄れてしまうんじゃないか?」とも考えています。つまり、「見慣れたデザイン」になってしまう可能性があるのではないか、ということです。 今後の長期的な運営を見据えるにあたって、この方針は少しずつ修正していく必要もあると考えています。 ──「いざ並んだ時にキャラが被ってしまう」みたいなことなのでしょうか。 奈須氏: たしかに、「定番であるがゆえに新鮮味が薄れる」ということは間違いなくありますね。 奈須氏: そういう意味では、日本のオタク文化ってガラパゴスなんですよね。 ある種「スライム」みたいに流動的だし、10年前の流行りと今の流行りが全く違うじゃないですか。これって、文化的に考えるとかなりおかしな話なんですよね。「なんで自分たちが“これで行く!”と宣言したものを定型にしないんだ!」という……(笑)。 David氏: エンターテイメントの流行り廃りは、「ループ」になっているとよく言われますよね。 日本と中国のオタク文化を比較した時、もろもろの理由でイコールとして考えることはできないのですが……個人的には「今の中国の流行は、日本では少し前に流行っていたものと似ている傾向があるんじゃないか」と思っています。 ただしこれも、「どんどん新しいものが出てくる時期」と「流行が固定される時期」が繰り返されていて、その中でお互いの国のタイムスケールや好みが合致している時もあれば、ちょっとズレている時もあるのだと思います。 奈須氏: いま話したことって、結局は「伝統的な文化をどう守るか」に帰結するものだと思います。もちろんそれは守れるんだけど……まぁちょっと乱暴に言ってしまうと、オタクって伝統文化よりエンタメに魂を捧げていますからね! 誰かがいいものを発明したら、常にそれを改良していく。だからオタクに限っては、「自分の国の文化を残す」というよりかは「オタクとしての文化」の中で、ひたすらいいものを回し続けているのかもしれないですね。 たとえば中国産のゲームで言ってたとしても、古き良き「武侠」【※9】を守り続けているところもあれば、HoYoverseさんのようにハイブリッドなところもある。前者の武侠モノは「伝統的な文化」に属するものだけれど、HoYoverseさんのように「いや、いま一番新しいものを見たい!自分が一番好きなものをやりたい!」と思っているのが、オタクとしての文化の積み重ねなんだろうなと。 Davidさんは先ほど「中国の流行は日本で少し前に流行ったものと似ている」とは言ったけど……自分はむしろ、今こそ中国がオタク文化の流行の最先端だと思いますね。一目見れば、「うん、これがいま一番オタクが好きなものだ!」と一発でわかりますから。 ──いち個人の感覚ではあるのですが、私は今の日本と中国のオタク文化にそこまで大きな差や違いはなく、みんな一様にコンテンツを楽しめているように感じています。この「文化の差」は、ここ数年で埋まってきたところが大きいのでしょうか? David氏: それはどちらかというと、「大衆向け」か「コアなオタク向け」かの違いなんじゃないかと感じています。前者の「大衆向け」コンテンツの場合は国ごとの差や違いは埋まってきていると思うのですが、後者のコアな趣味や新しく生まれたトレンドに関しては、中国が少し遅れていると考えています。 例を挙げるとすると、日本では「地雷系」というファッション文化があると思うのですが、中国ではまだまだマイナーな属性なんです。中国において、「地雷系」はそこまで普及している概念ではありません。 ただ、それでも日本と中国はまだ近い方の国だと思います。先ほど奈須さんがおっしゃっていた「中華ベースのキャラ」は、日本では問題なく製品として受け入れてもらえていると感じています。そういったデザインのキャラが日本で広く受け入れられている件について、我々も注目していています。 たとえば、『崩壊:スターレイル』に登場する「鏡流」には、デザイン上で「月下美人」の要素が多く含まれています。そして中国には「曇花一現」という成語があり、これには「見た目は艶めかしい月下美人でも、その花は長く咲き続けられず一瞬で散ってしまう」という意味があります。 これは「鏡流」の置かれた状況と通じ合うものがあるのですが……おそらく、日本と中国は文化的にも近い部分があるため、こういった「中華的なニュアンス」が通じやすい部分もあるのではないかと考えています。逆に、北米やヨーロッパなどのアジア圏外には中々通じづらいニュアンスかもしれません。 ですが、インターネットやSNSの普及に伴い、鏡流や刃の中華的なデザイン意図を理解したり、考察してくださる北米・ヨーロッパのユーザーの方も、もちろんいらっしゃいます。 奈須氏: こんなに売れているのに、まだそこの壁があるのか! ■クリエイティブの源泉「夢」と「欲望」を、どう形にする ──ちょうど今「オタク文化」のお話が出ていましたが、やはりいちユーザーからすると、両タイトルとも「オタクとしてやりたいこと、好きなこと」を詰め込んでいるように感じるのが、大きな魅力だと思っています。たとえば、『崩壊:スターレイル』も、内部で猛烈に「男子キャラを魅力的に書きたい!」と考えている人がいらっしゃるんだろうなと……。 David氏: 実はそこも、もちろん開発チームのメンバーの「好み」もありつつ、商業的な決断が含まれている部分です。ただ、間違いなく断言できるのは「開発チームはすべてのキャラクター制作に対して、心血を注いできた」ということです。 計略を巡らせながら、常に先頭に立つ仙舟の将軍「景元」。臆病なのに意外な出来事で十王司判官となった女の子「フォフォ」。若くして既にスターピースカンパニー「戦略投資部」の高級幹部に登り詰め、抜群の美貌を持ちながら、凄まじい手腕を振るう「トパーズ」。……などなど、多種多様なキャラクターをご用意し、ユーザーひとりひとりが自分好みのキャラクターに出会えると信じています。 奈須氏: やっぱりそこは、大企業としての強いマーケティング力がある部分ですよね。 これほどの規模のタイトルになると、失敗は許されないですから。 David氏: これらの「ユーザーのキャラクターへの反応」を調査したデータは、そのままキャラクターデザインのディレクターに報告しています。彼らもやはり人間ではあるので、キャラに喜んでくれているユーザーの反応を共有して、仕事が報われるようにしています(笑)。 そして実装されるキャラクターに関しては、少し現実的な話になってしまうのですが……キャラクターは多少なりとも「売り上げを出す」という使命を背負っていますから、それにより基礎となるデザインも異なってきたりします。そこの「売り上げ」と「デザイン」のバランスは、常に探り続けていますね。 だから、一部のキャラクターは商業的な目的を軽めに設定しつつ、比較的自由な気持ちで創作したり、新しい客層を開拓してくれる可能性のあるキャラクター性にチャレンジするケースもあったりします。 たとえば、いつも仕事をサボる青雀、いつもフォロワー数稼ぎのことを考えている桂乃芬、いつも怪しい言動しているサンポなどなど……。 奈須氏: 『ストリートファイターⅡ』で、「なぜザンギエフ【※10】を入れるのか?」という話があったのを思い出しました。その答えとして、「ザンギエフがいることで平均的な体格であるリュウたちがより輝くんだ」と。 誰からも愛されるキャラばかりではいけない。「性癖の穴」を作っておかないと、世界の多様性が保たれない。その結果として、ある意味もっとも没個性と言える「主人公タイプ」も特徴を得る。 まあ、自分の場合使用キャラはザンギエフとダルシムだったので、リュウたちの方がマイナーに見えてたんですけど。 一同: (笑)。 奈須氏: その点で言うと自分たちも、メインストーリーで必要になってくるキャラには「必然で生まれるキャラ」と「夢で生まれるキャラ」がいて……いや、正確には「欲望で生まれるキャラ」かな! 最近完結した『ダンジョン飯』という素晴らしい名作も「欲望」を語っていましたが、まさに「夢」は「欲望」と言ってもいいと思います。 まず、前者の「必然で生まれたキャラ」は、各ストーリーで表現すべき概念が擬人化したものです。たとえば『FGO』の「オベロン」や「テスカトリポカ」などは、まず概念ありき。「こういう役割のキャラクターを作る!」と決めてから、「この方なら表現してくれるはずだ!」と確信を持てる絵師さんに発注をします。そこで100点満点のものが上がってきたら、こちらもそれに応えます。 一方の「夢と欲望で生まれたキャラ」は、やはり作り手の「こんなキャラがほしい!」「こんなキャラが見たい!」という思いによって生まれてきます。そしてイラストに関しても、「この絵師さんにとびきり自分好みの子を描いてほしいッ!!」みたいな夢と欲望から始まります(笑)。 奈須氏: クリエイターが経営者になるといつまでもいいゲームを生み出し続けるのは、クリエイターが「自分の欲望」を持ってるからだと思います。 人間は誰でも欲望を持っているけれど、それぞれ欲望のベクトルが違うんですよ。大まかに言うと「経済的に成功したい」「社会的に成功したい」「穏やかに暮らしたい」「好きな人と一緒にいたい」とか……。 その中でも、特にクリエイターは「自分の理想のキャラクター、理想の物語を作りたい」という欲望があるはず。これが経営陣にある限りは、いつか必ず「いいゲーム」が生まれてくると思います。 David氏: どれだけ規模が大きくなったとしても、自分の欲望を大切にするべきだとは思います。むしろそうしないと、一番平均に近くなった「つまらないもの」ができあがってしまいます。「平均より上を狙う」という意味でも、欲望には忠実であるべきですよね。 そして『崩壊:スターレイル』の開発チームも、「自分たちが好きなものなら、必ず誰かが好きになってくれるだろう」という考えを持ってコンテンツを作っています。 ──個人的にHoYoverseさんのすごいところだと感じているのが、「大企業としてのマーケティング」を意識しながらも、そのクリエイターとしての情熱を貫き続けているところです。 David氏: 先ほども「クリエイターにユーザーの反応を共有する」という話をしましたが、あくまで彼らはそれを参考にして、自分の考え方を検証したり修正するまでに留めています。一部ユーザーの反応は取り入れつつも、キャラクターの方向性などを真逆にしてしまうようなことはありません。 こちらも基本的に、クリエイター自身の感性を信じています。 奈須氏: 「それぞれの持ち味を活かしながら調整している」ということですよね。 ただ一応、TYPE-MOONも完全にフリーダムというわけではなくて、「流石にそれはダメなんじゃない?」という最終的なセーフティーロックは武内がやっています。自分が3年間ずっと「パッションリップ【※11】に水着を着せてあげたい! オレのリップは最強なんだ!」と言い続けているんですが、武内は「きのこ、それはいけない」と。 ──メルトリリスは行けたのに! 奈須氏: ですよね。 「パッションリップの水着は審査的に通るか分からない」という納得の理由で止められているんですが……あと1年くらいかけて説得しようと思っています。 こういうのもひとつの依怙贔屓ではあるんですが、愛情をもって生まれたキャラクターは魅力的になるものです。『原神』と『崩壊:スターレイル』を遊んでいて特に感じるのが、「え、ここまで作りこんでるんだ」という情熱に対する驚きでした。 キャラクターの動きにしろ、イベントラストを飾る美しいムービーにしろ……。それを見ていて、「これはHoYoverseがどんなに大きい会社でも、みんなが情熱を持っているから手を抜いていないんだ」と思ったんです。 基本的にクリエイターって自分の情熱だけは裏切れないし、手を抜けないんですよ。その結果としてあの黒字に繋がっていることを、この4年間で思い知っています。この「巨大企業でありながら、全員が情熱を持っている」スタイルは、多分世界中のどの会社も両立できていないと思います。 David氏: ありがとうございます! とても光栄です……! ──奈須さんとDavidさんの「情熱とこだわり」を聞くことができて、とても貴重なお時間でした。本日はありがとうございました!(了) もしかしたらみなさん「パッションリップの水着」のことしか考えられなくなっているかもしれません。 と、とにかくTYPE-MOONさんとHoYoverseさんの「情熱」「こだわり」をたっぷりとお聞きした対談でした。まぁ、ある意味パッションリップも「情熱」と「こだわり」の具現化ですからね! やはり、いちプレイヤー目線としても、両社の作品を遊んでいて真っ先に感じるのは「オタクとしての夢、欲望、情熱、愛」といった、ほとばしるような熱量です。むしろそれこそがファンを強く魅了していて、我々プレイヤーに「夢」を見せ続けてくれる“核”の部分なのだと思います。 私自身、この対談を聞いていて「これだけの情熱を持った人が作るゲームだから、プレイヤーに夢を見せられ続けるのだろう」と、ひしひしと感じました。世界トップクラスのオタクが作る情熱のかたまりを、これからも楽しませてほしい。そんな「夢と欲望の具現化」を、私たちゲームファンに見せ続けてほしい。 端的に言うと、「これからも供給待ってます!」ってことですね! そして、開拓者のみなさまにはぜひこの機会に「Fate」シリーズやTYPE-MOONコンテンツに触れてみてほしい。さらにTYPE-MOONファンやマスターの方にも、ぜひこの機会に『崩壊:スターレイル』に触れてみてほしい。……と、いきなり布教コーナーをぶっこんでみました。どっちも最高の作品なので、よかったら遊んでみてください。そんな「オタク文化」の交流で、これからも夢が広がりますように! そして両タイトルを知っていると……いずれ「良いこと」があるかもしれません! つまり、今のうちから両方の作品に触れておくと、ピノコニーくらい素敵な「夢」を見られる……かもしれませんよ!? 次の星ならぬ「次の夢」を、ぜひお楽しみに!
電ファミニコゲーマー:
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