マー君の復帰戦を支えた新魔球とは
WBCコーチとしてもマー君を見てきたメジャーリーグに詳しい与田剛氏は、その狙いと効果のほどを、こう説明する。 「マー君のスライダーは、これまでアウトコースを軸に使っていました。右打者のインサイドから曲げていくフロントドアは、新しい試みですね。このボールを使った理由は、コースの使い分けで、まるで新しい球種を増やしたような効果を生み出すことでしょう。マリナーズ打線には、まったくデータとしてなかったボールで迷わせました。 肘の不安がある以上、今後、多少コントロールをミスしても球威で押していくというピッチングスタイルでは通用しないと考えて、新しいフロントドアを使うことで、ストライクゾーンの幅を広げ、球数を減らすことにもつなげようとしたのでしょう。実際、78球で7回は理想のペースでした。 ただ、スライダーのフロントドアは、肩口から甘く入ると、失投となり、投手からすれば怖いボールです。よほどコントロールがよくなければ使えません。この日は、上半身と下半身のバランスが非常によく、力みもなくピッチングフォームが安定していました。それがコントロールの良さにもつながり、フロントドアが生きてきたのだと思います。 この1試合だけでなく、肘の不安を抱えながら、今後、どう結果を出していくのかという先を見据えた上での新球だと思います」 確かに、無四球でまとめたマー君は、常にストライクを先行させ、ストレートの速さと、フロントドアのキレだけでなく、抜群の制球力を兼ね備えていた。本人も、試合後「すべての球種がよかった。バランスよくいろんなボールを投げることができた」と語ったが、5月7日にキャッチボールを再開してからの約1か月弱の中で、フォームの微調整を念入りに行ってきたのだろう。 マー君は、昨年に右肘靭帯の部分断裂を起こしたが、トミー・ジョン手術に踏みきらずに保存療法で、今季を迎えた。賛否両論が渦巻いていた中、4試合登板後、右前腕部と右手首に異常が発生。再び手術必要論が巻き起こっていた。今季は、開幕からツーシームを主軸にするピッチングを見せたり、右肘に負担のないスタイルへの変貌を模索してきたが、ストレートのスピードを取り戻すと同時に、今後の再発防止を狙いとして、スライダーの「フロントドア」を実戦の中でテストしてみたのだろう。 「80球。多くて85球」という球数制限をかけられている中、78球で7イニングまで投げることができたのは、そのマー君の模索が成功したと見ていい。 問題は、この先、登板を重ねる中での疲労がどう肘へ影響を与えていくか。田中も、「マウンドに立ち続けることが大事。すごく良かったけど、次はどうなるかわからないですからね」という。そのためにも球数を減らす効果のあるスライダーの「フロントドア」に使えるボールとしての目処が立った意義は大きかった。