監督は黒澤明の大ファンで…「ずっと時代劇をやってみたかった」映画『ホールドオーバーズ』の舞台が70年代になったワケ
舞台は1970年、ボストン近郊にある全寮制の名門バートン校。生徒にも同僚にも嫌われている古代史の教師ハナム、成績優秀だが問題児のアンガス、住み込みの料理長メアリーの3人は、それぞれの事情から2週間のクリスマス休暇を寄宿舎に残って過ごすことになる。「ホールドオーバーズ」とは居残り組の意味で、監督は名匠アレクサンダー・ペイン。孤独な心が近づいていく様を、ほろ苦くもあたたかく描いたドラマはまさに彼の真骨頂だ。映画は今年のアカデミー賞で作品賞を含め5部門で候補となった。 着想の元となったのは、フランスの国民的作家で映画監督のマルセル・パニョルによる戦前の喜劇映画だった。 「随分前に観たんですが、クリスマスの寄宿学校という設定がずっと頭に残っていたんです。僕自身は出身ではないし、思い入れもないのだけど。何年かして脚本家のデヴィッド・ヘミングソンから本作のプロットをもらったんです」 その段階では現代の設定だったが、時代を70年に変更した理由を聞くと、意外にも「ずっと時代劇をやってみたかったから」という答えが。それも日本語で「ジダイゲキ」とわざわざ言い直すのが、黒澤明の大ファンでもあるペインらしい。すでに70年代は時代劇の世界なのだ。 「僕は歴史が大好きなんです。それに今では男子校というのはほぼ絶滅状態なので、少し昔の設定にする必要がある。なぜ70年のクリスマスにしたかと言えば、ベトナム戦争が亡霊のような雲となって、常に僕らの頭の上に漂っていた時だから。僕は子供だったけれど、その記憶が鮮明に残っていたので、きちんと描きたかった。その雲は息子をベトナムで失った母メアリーの頭上にも漂っていたわけです」 悲劇を経験しながらも、気丈に振る舞うメアリーを演じたダヴァイン・ジョイ・ランドルフは今年のアカデミー賞をはじめ60もの映画賞で助演女優賞を受賞した。 「さらに、映画の見た目も音楽も、当時のものを再現して作ったら面白いんじゃないかと思って。そうしたらすごく楽しかったんですよ」 デジタルで撮影しているがフィルムで撮ったかのように加工して、70年代のニューシネマのような画質を再現。当時のアメリカ映画協会(MPAA)のロゴまで再現している凝りようだ。とはいえ、ノスタルジーに浸るだけの映画ではない。人生の厳しさを体現するハナムを演じるのは、名作『サイドウェイ』以来19年ぶりにタッグを組んだポール・ジアマッティ。 「ずっとまた一緒に仕事をしたくて、ようやく理想の企画を見つけたんです。ハナムはとても不器用な男。根っからの意地悪ではないけれど『クリスマス・キャロル』のスクルージのようでもあり、彼にぴったりだと思いました」 さらに、助演2人との化学反応が素晴らしい。 「お互い本当に楽しそうでしたよ。そしてメアリー、ハナム、アンガスは聖なる3人。つまりマリアとヨセフとイエスであるとも言えるんです」 Alexander Payne/1961年、米ネブラスカ州オマハ生まれ。スタンフォード大学で歴史とスペイン文学を学び、UCLAで映画を専攻。『サイドウェイ』(04)と『ファミリー・ツリー』(11)で2度、アカデミー脚色賞に輝く才人。 INFORMATIONアイコン映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(公開中) https://www.holdovers.jp/
石津 文子/週刊文春 2024年7月4日号
【関連記事】
- 嫌われ者教師、息子を失った料理長、反抗的な生徒…“ひとりぼっち”な3人はなぜ「映画の素晴らしさ」を味わわせてくれるのか?<アカデミー賞受賞>
- 直木賞作家・荻原浩の“鬼の涙腺”がゆるんだ「いま観るべき映画」 英国青年はナチスから子どもたちを救おうと奔走するが…
- 柴咲コウ「死体をまとめておくことには疑問をもちませんでした。わりと片づけが好きなので(笑)」 フランスで蘇った復讐劇
- 上流階級の女性を誘惑し「ナチスに復讐」する男だが…画面からあふれる、後戻りできない“やるせなさ”<かつての発禁小説を映画化>
- 4着のウエディングドレスで振り返るオードリー・ヘプバーンの「結婚と人生」 年上俳優と離婚後わずか6週間で年下医師と再婚も