卓球・早田選手の発言で注目集めた“特攻” 「家族のためなら私も」…変わる受け止めに戸惑いも
連載「いま、特攻を考える」
8月、パリ五輪後の記者会見で、メダリストの意外な発言が注目を集めた。 「鹿児島の特攻資料館に行って、生きていること、卓球ができていることが当たり前じゃないっていうのを感じたい」 【写真】知覧特攻平和会館の別カット写真3枚 卓球女子の早田ひな選手(24)=北九州市出身=は、これからやりたいことを問われてこう答えた。 太平洋戦争末期、旧日本軍が始めた体当たりによる特別攻撃作戦。戦死者は航空機だけでも約4千人に上る。早田選手の発言の真意は定かではない。ただ、特攻の拠点となった地に立つ知覧特攻平和会館(鹿児島県)では、その後の来館者が増えているという。 ≪お母さん、私は笑って元気で征きます≫≪会いたい 話したい 無性に≫ 館内にずらりと並ぶ隊員の遺書や遺影。展示には「命の尊さ・尊厳を無視した戦法は絶対とってはならない」「悲劇を生み出す戦争も起こしてはならない」との思いが込められている。訪れる人は何を感じるのだろうか。 「彼らの犠牲があって今がある。小さなことでくよくよするのはやめようと思った」(東京都の25歳男性)、「特攻に行った少年たちの分まで一日一日を大切にしたい」(大阪府の50代女性)。いずれも自然な感想だが、展示の意図とは少し異なる。作戦や戦争に関する言及はほとんどなかった。 2000年代以降、平和学習や慰霊とは違う目的で、特攻を見つめる人が目立ち始めたと、帝京大の井上義和教授(教育社会学)は分析する。遺書を読んでわが身を振り返り、前向きな影響を受ける「自己啓発」に近い感じ方で、人間力を磨く「研修」に用いる民間企業も複数ある。 知覧への中継基地があった熊本県菊池市。戦時中の資料を残す菊池飛行場ミュージアムの永田昭館長(60)は、昨年から地元小学校で出前授業をする中で、子どもたちの発言に違和感を覚えることがある。 隊員から「特攻に行きたくない」と聞いた女学生の証言を基にした紙芝居などを披露し、死を強制された若者の姿や戦争の不条理を伝える。自分ごととして考えてもらうため「君たちならどうする?」と尋ねると、5人に1人からこんな言葉が聞かれるという。 「僕も特攻に行きます」「家族のためなら私も」 ウクライナやパレスチナのニュース映像が、戦争を身近に感じさせているのか。「大切な人のために身をささげたという部分だけが印象に残り、特攻が美化されていると感じる」。永田館長は、子どもたちの真剣なまなざしに戸惑いを隠せない。 井上教授は「1990年代までは戦争体験者が『重し』となり、人々の特攻に対する知識や感情を束ねていた。彼らが社会からいなくなるにつれ、自由な受け止め方が表出しやすくなっている」と指摘する。 では今、「重し」である体験者は何を語るのだろうか。 (坪井映里香)