【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 和風ファンタジーからシェア型書店の物語まで、注目の新刊をピックアップ
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は和風ファンタジーからシェア型書店を舞台とした物語まで、5タイトルをセレクト。(編集部) 【画像】美麗なイラストも目を引く『みにくい小鳥の婚約』 ■水守糸子『みにくい小鳥の婚約』(富士見L文庫) カクヨムネクスト発の、契約結婚×和風ファンタジー。物語の舞台は、火・水・風・地の神を祀る四家が特殊な家業を担う世界。《歌姫》と呼ばれる雨羽家の娘たちは、魔に負わされた傷を癒やす特別な力を有している。ところがことりは、魔を呼び寄せる呪われた歌声をもって生まれた禍つ姫だった。ことりは声を封印され、家の離れに長らく幽閉されている。だが17歳の誕生日、彼女の双子の妹で優れた《歌姫》の初音の婚約が決まり、結納金のためにことりは大蛇に捧げられることになった。贄の間で死を願うが、同じ贄としてその場に居合わせた人物に命を救われる。その正体は、魔祓いの名家・火守家の次期当主の馨。初音との婚約が決まっている男は、四年前に魔に転じてしまった自身の姉を呼び寄せるためにその声を利用しようと、ことりに契約結婚を持ちかけるが――。 幼い頃に魔を呼び寄せて唯一の友人を死なせたトラウマで、ことりは歌うことに臆病になっている。すべてを諦めた不幸な少女が、鳥籠から抜け出し、外の世界で少しずつ居場所を築いて恋を知る。火ノ神をその身に降ろす「依り主」として圧倒的な力をもつ馨とのロマンスや、四神をめぐる作り込まれた設定、そして繊細な筆致が綴られる情景が魅力の、甘やかで切ない恋物語である。 ■永瀬さらさ『やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中7』(角川ビーンズ文庫) 2024年10月からTVアニメが放送中の人気シリーズの最新刊。主人公の令嬢・ジルは、婚約者のクレイトス王国王太子・ジェラルドに裏切られ、処刑を言い渡された。だが16年の生涯を終えようとした瞬間に時間を逆行し、求婚を受けた6年前の夜に戻ってしまう。破滅ルートを回避すべく、ジルは近くにいた男に求婚するが、相手は将来暴君になる運命にあるラーヴェ帝国の若き皇帝・ハディスだった。未来の闇落ちを防ぐべく、10歳の幼女に戻ったジルは二度目の人生をやり直しながら、ハディスを幸せにしようとするが……。 物語は“軍神令嬢”と恐れられるほど強い魔力を持つジルと、竜神・ラーヴェの生まれ変わりで料理上手なハディスのラブコメをベースに、シリアスな場面もバランスよく取り入れながら進む。7巻ではハディスの皇妃候補が城に集められ、中でも侍女見習いで容姿端麗かつ優秀なミレーが有力な候補となり、ジルの妻としてのポジションを脅かす。一方のジルは、帝都を離れた旅の途中で、壊滅したはずの陰謀論集団のアルカの企みに巻き込まれてしまう。シリーズの魅力である魔法やバトル描写、ジルとハディスの軽妙なやり取りや、竜神・ラーヴェをはじめキュートな竜たちのキャラクター造形が楽しいシリーズだ。 ■日向夏『神さま学校の落ちこぼれ4』(星海社FICTIONS) 本作は、累計3800万部を突破した『薬屋のひとりごと』の日向夏と、実写映画化された『兄友』などで知られる漫画家の赤瓦もどむがタッグを組み、マンガ版と小説版を展開中の和風学園ファンタジーである。 作品の舞台は、神通力を持つ人間を「ヒミコ」と呼び、超難関の国家資格を得たヒミコが「神さま」という職業に就く現代日本。主人公のナギはヒミコに認定されていないが、神さま「月読命」の推薦を受けてヒミコ育成に力を入れるエリート学校に入学した。物語は、神通力が不明の落ちこぼれ生徒ナギのにぎやかな学園生活と、彼女の双子の兄・たけるをめぐる秘密を中心に展開する。たけるはヒミコ認定を受けているものの、5年前からずっと部屋に引きこもっているとナギは信じていた。ところがたけるは、昔ながらの「神様」を信仰し、ヒミコの誘拐やテロ行為などを行う宗教団体「スサノオ会」に囚われ、第一位の「スサノオ」として祭り上げられていたのである。 第4巻ではスサノオ会によって引き裂かれていたナギとたけるの関係に、大きな転機が訪れる。これまでは謎とされてきたナギの神通力の解明も進み、見目麗しい月読命やひねくれた同級生のトータとの“ラヴの波動”も発生するなど、ドラマティックな展開をみせる一冊だ。 ■野村美月『ものがたり洋菓子店 月と私 さんどめの告白』(ポプラ文庫) 『“文学少女”』シリーズなどで知られる野村美月が贈る、人気洋菓子店「月と私」を舞台にしたスイーツ×ヒューマンドラマ。続々と重版中のシリーズ3巻は、製菓業界の一大商機であるバレンタインデーを中心に、イベントを彩るスイーツの数々と、多彩な恋模様を綴る。 住宅街にたたずむ「月と私」は、腕利きのパティシエ・糖花が手掛けるスイーツが並ぶ洋菓子店。お店に足を踏み入れた客を迎えるのが、ストーリーテラーを名乗る美形の男・カタリベだ。燕尾服に身を包み、商品の説明やお菓子にまつわる“物語”を語るストーリーテラーの言葉と極上のスイーツは、悩みを抱えた客の心をやさしく解きほぐしていくのである。 3巻では、カタリベの元カノを名乗る女性が登場。両思いながら、なかなか距離が縮まらない糖花とカタリベの間に不穏な影が落ちるが、果たして元カノの本心は――? 作中にはバレンタインらしく、さまざまな恋の話が登場し、そこにうっとりとするようなスイーツ描写と、魔法のようなカタリベの言葉が絡む。ストーリーには夏目漱石の『硝子戸の中』も深く関わるなど、野村らしい文学要素も見逃せない。ストーリーテラーが聞かせる味わい深い物語と、五感を刺激する絶品スイーツが織りなす極上のハーモニーを召し上がれ! ■佐鳥理『書棚の本と猫日和』(ことのは文庫) 近年、利用者が書棚を借りて棚主になり、自分がセレクトした書籍を販売する「シェア型書店」が大きな注目を集めている。本作は、新宿の片隅で営業するシェア型書店「フレール」を舞台に、本との出会いや一冊の本がつなぐ人々の縁、そしてさまざまな悩みを抱えた人の姿を描くビブリオ小説だ。 お客として、あるいは棚主として、多種多様なバックグラウンドを持つ人がフレールを訪れる。仕事に追われて自分を見失いつつある美容師や、就職活動で苦戦中の大学生、フレールの売上ナンバーワンの棚主で本のレビュアーとしても人気が高いバーテンダーに、自作に自信を持てないアマチュアの小説家……。物語は連作短編形式で進み、小さな棚からどんどんと人の縁が広がり、群像劇として厚みを増していく。個人的に一番心を惹かれたのが、岡山市に暮らす老婦人を主人公に、親子三代のすれ違いや、シェア型本棚をきっかけに好転する日常や親子の関係を描く「ケの日、ハレの日」だった。 本作は猫小説としても読みどころがあり、臆病な看板猫をはじめ、作中に登場する猫の描写にも癒やされる。誰かの想いを乗せた本が、様々なきっかけで人の手に渡り、思いがけない場所まで広がっていく。あたたかな眼差しと筆致に誘われて、読者はシェア型本棚に足を運びたくなるだろう。
嵯峨景子