雅子さま 母校から名誉学位を授与も…最終日にあった「報じられてないハプニング」
「ラウンドテーブルを囲む形式で、雅子さまはチャールズ国王と同じテーブルに座られたそうです。取材設定もなく、アットホームな雰囲気で英国の王族たちと言葉を交わされるうちに、雅子さまも打ち解けられたのでしょう。 実は、この午餐会は26年前に上皇ご夫妻が国賓として訪英された際にはなかった行事です。雅子さまに、よりリラックスして滞在を楽しんでいただきたいという、英王室あげての“心づくし”だったと思われます」(前出・皇室担当記者) 両陛下は国王夫妻と贈答品の交換もされている。陛下は国王に輪島塗の漆器を、雅子さまはカミラ王妃に佐賀錦のハンドバッグを贈られた。 「国王からは金銀製のペアタンブラーとスコッチウイスキー、王妃からは雅子さまのお印である『ハマナス』を描いた特注の扇子がプレゼントされたそうです」(前出・皇室担当記者) ■修士論文完成前に日本へ呼び戻されて 扇子、タンブラー、午餐会、そして「お帰りなさい」という言葉……。さまざまなプレゼントを受け取られた雅子さまだったが、最終日のオックスフォードで、“最後の贈り物”が用意されていたのだ。 小和田家の知人はこう明かす。 「オックスフォード大学からの名誉学位授与は、雅子さまにとって、大変うれしかったことでしょう。 雅子さまは、外務省の研修生としてオックスフォード大学のベイリオル・コレッジに’88年から約2年間留学されました。ハーバード大学では数理経済学専攻でしたが、オックスフォードでは、国際関係論を学ばれたのです。ただ修士論文に取り組んでいる途中、’90年に帰国しなくてはならなくなり、修了されることはできなかったのです。 何事においても几帳面な雅子さまにとって、大きな心残りだったと思います」 修士論文の指導を担当したルーカス・チュカリス教授は週刊誌の取材に対し、こう語っていた。 《マサコは賢いだけではなく、非常に性格がよく、彼女が私の教え子でなければ『尊敬』という言葉に値する人物だと思います。修論はたしか『日本政府によるアメリカ製航空機の購入』というテーマでした。外務省から呼び戻されたため、断念しなければならなかったのは残念でした》(『週刊文春』’06年3月16日号)