「慣習通り」経費を使っていたら“横領”に!? 会社から「告訴」チラつかされ退職届を提出も納得できず…裁判所の判断は
ーー 退職届を取り消したいと? 女性社員 「はい。会社から『あなたがやったことは横領だ。告訴する準備はできている』といわれて退職届にサインしてしまいました...」 ーー 横領って、何をしたんですか? 女性社員 「これまで、コーヒーや牛乳・ヨーグルトなどを会社の経費で買ってて文句を言われなかったんですが、細かい課長が入社してきて過去の買い物を調査して『これは横領だ』と...」 ーーー 裁判所さん、いかがですか? 裁判所 「退職届は取り消せる! 横領じゃないのに告訴をチラつかせて強迫してますから」 (ニシムラ事件:大阪地裁 S61.10.17) 以下、わかりやすく解説します。 ささいなチョンボで会社から「懲戒解雇にしちゃうよ。懲戒解雇されたくなかったら自分から退職届を出せ」と言われた時の対策もお届けしています(弁護士・林 孝匡)。 ※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています
登場人物
■ 会社 ・婦人服の小売り販売業 ・大阪市内に8か所の店舗を構える ・従業員数:約60名 ■ 会社に強迫された社員 ・ Aさん、Bさん(どちらも女性) ・いわゆる事務員(経理や庶務などを担当)
事件の概要
ーー 会社の慣行はどうだったんですか? AさんBさん 「会社の経費でお茶やインスタントコーヒーを買って、従業員が一服するときに飲んだり、時にはおやつを買ったりしていたんです。これは長年行われていて、会社に問題視されたことはなかったんです」 ■ コマカイ課長が入社 コマカイ課長が入社します。課長はかつてスーパーマーケットで働いていました。入社後、課長は細かいチェックを行うようになりました。 ーー どんなことを言われましたか? AさんBさん 「私たちは出社して事務所の掃除が終わったらインスタントコーヒーを飲むんです。なので、出社してきた課長にもコーヒーを入れたのですが課長から怒られました。そして『今後はコーヒーを買わなくていい』と言ってきました」 ■ 税務署なみに動く 課長は、過去の記帳について調査を開始しました。時にはレシートに記載されている内容の詳細をたしかめるためにスーパーマーケットにまで行きました。執念です。調査した結果、過剰にコーヒーのクリーミングパウダーや牛乳、ヨーグルトなどが購入されていると判断しました。 ■ 課長が会社に報告 課長が入社しておよそ9か月後、課長は調査結果を会社に報告しました。調査結果は、【90数件で約10万円の過剰購入がなされている】というものでした。 会社は役員会を開き、「Aさん・Bさんには会社を辞めてもらうしかない」との結論に達しました。 ■ 会社が2名を呼び出す まずはAさんから。ほぼ警察の取り調べです。Aさんが部屋に入るとズラ~っと5名の幹部がいました。 会社幹部 「領収書に書いている内容が違っている。調べたらトコロ天だ。ゴミ箱からトコロ天の容器が出てきた。ヨーグルトも買っている。証拠はそろっている。金額の多少にかかわらず横領罪であることに変わりはない」 Aさん 「そのような出費は昔からの慣行で、会社も認めていたはずです...」 会社幹部 「これは横領だ。責任をとれ。告訴や懲戒解雇ということになれば困るだろう。あなたから退職届を出すなら、次の就職先からの問い合わせに対して家庭の事情で辞めたことにしてやる。将来のある身だし、ご近所や交番に知られたら困るだろう。老いた父母に心配をかけたくないだろう」 (ほぼ警察ですね) Aさん 「しばらく時間をください...」 会社幹部 「そんなことを言える立場ではない」 Aさん 「事務所に戻らないと印鑑がないんです」 会社幹部 「拇印でよい」 (警察やん!) Aさんはやむなく退職届にサインしました。 お次はBさんです。会社幹部はAさんに対して言ったようなことをBさんにも言いました。退職届にサインするのをためらったBさんは「時間がほしいです...」と伝えたのですが、会社幹部は「そういうことを言うなら告訴するしかない。準備はできている。告訴となるとあなたの将来や子どもの就職にも影響するだろう。会社としてはそんなことしたくない。Aさんも素直に認めて退職届を書いたのだから、あなたも書いた方が得だ」とゴリ押しました。 (なに県警ですか?) そして、Bさんもやむなく退職届にサインしました。 ■ 納得できねー! AさんBさんは、会社のやり方に納得できず、2日後、「退職届は無効だ」との内容の書面を会社に送りました。 ■ 提訴 そして、裁判を起こし「退職届は無効なのだから私たちはまだ社員だ」と主張し、給料請求を行いました。