木村カエラの20周年記念EP「F(U)NTASY」から見える、笑顔で人生を送るために必要だったこと
木村カエラがデビュー20周年記念EP「F(U)NTASY」をリリースした。
インタビューするたび悩み相談みたいになっていつも泣いてしまう(泣かせようとしてるわけではありません!)木村カエラも、今年でなんとデビュー20周年。世間一般の人たちがイメージする明るく溌剌とした彼女とは著しくかけ離れたその内省を、つねに彼女は歌の中にそっと忍ばせてきた。カッコよくありたい自分を夢見ながらも、不安と隣り合わせの日々。そんな自分との闘いが、カエラの20年なのだ。でも今作「F(U)NTASY」では、そんな自分自身のキャリアを全肯定するだけでなく、これからの人生も笑顔で迎えるためのエールを自分自身に贈っている。10月26日には武道館での記念ライヴも控えている今、まだ感慨に浸る余裕はなさそうだが、きっと当日の彼女は子供みたいにボロボロと涙をこぼすことで、これまでの辛かったことや苦しかった日々を浄化するに違いない。そして最高の笑顔とハッピーを届けてくれるはずだ。
ーー20周年、おめでとうございます。 「ありがとうございます。すごくないですか、20周年って」 ーーもうそんなに?って思いました。自分では? 「あっという間でした。もちろんいろんなことがたくさんあったのですが、20年っていう実感があんまりないというか。とくに今は武道館っていう大きな節目に向かってる最中だからかもしれないけど」 ーー今までも節目の年にライヴをやってますけど、それと今回は違う感覚? 「5周年の時は〈すごい、5周年だー!〉みたいな実感があって。ちょうど〈Butterfly〉が出て、それがたくさんの人に聴かれたこともあって印象に残ってて。でも10周年の時は子供も産まれてすごく慌ただしくて、あんまり記憶に残ってなくて。15周年も私が『野音でやりたい』って言ってやらせてもらったんだけど、あの時は…………どうしよう、あんまり記憶にない(笑)」 ーー歳を取ったからじゃない?(笑)。 「意地悪なこと言わないでよ!(笑)。でも……そうなのかな」 ーー冗談です。でもそれぐらい過去より今を大事にしてるってことじゃないですかね。 「確かにいつも今が一生懸命なので、なんか周年って言われても実感がないんですよ。だから20周年って言われても不思議なの」 ーーとはいえ今回の作品は、どの曲も20周年を意識したものになってると思いました。 「とくに〈Twenty〉はそう。自分で作詞も作曲もしたいって言って書いた曲で。でも〈ケセラセラ〉と〈DAHLIA〉と〈チーズ〉はタイアップが決まってたから」 ーー周年はあんまり意識してない? 「ただ、どの曲も正直に自分の伝えたいことをそのまま書きました。それってたぶん自分の中で〈私は20年かけてこういう人間になりました〉みたいな意識がどこかにあったからだと思う」 ーーちなみにタイトルにもなってる「F(U)NTASY」は、まさに木村カエラという存在について唄ってる曲で。 「そうですね。もともと〈F(U)NTASY〉というEPのタイトルは最初から決まってて、この曲が上がってきた時に〈F(U)NTASY〉っていう曲の歌詞を書きたいと思ったんです。で、〈あなたと行く F(U)NTASY〉っていうフレーズを思いついた時に、いつも自分自身がファンタジーや夢を大事にすることで、嫌なことや辛いことを乗り越えてきたことに気づいて。そうやってみんなを導いてあげたいと思ってやってきたのが木村カエラの20年で」 ーーそうですね。あと、この曲はカエラさん自身が自分を肯定してる曲でもあると思います。自己肯定の歌。 「そうですね。自己肯定、たしかに」 ーーその一方で〈誰だって ひとりぼっち〉ってフレーズが何回も出てきます。周年のめでたい曲の中で、わざわざ〈ひとりぼっち〉って唄ってるのはどうしてだと思います? 「だって人はみんなひとりぼっちじゃないですか。誰にでも当てはまること。家族がいても、友達がいても、自分のすべてをわかってもらうことは不可能だし、死ぬ時だって最後はひとりだし」 ーーいわば真理。 「結局人はひとりぼっちなんだよな、みたいな考えが自分にはあって、だからこそ人は誰かに寄り添って生きるんだと思うんですよ。ひとりぼっちだから寄り添うし、ひとりぼっちだから夢を見る。そういうものだと思ってるから、あえて書いたんじゃないかな」 ーーそこがカエラさんらしいなって思いました。あと、このアルバム全体にそういう自分の考えとか人生観みたいなものが横たわっているというか。 「そうだと思います」 ーー「チーズ」は出だしから〈人生なんて 凸凹砂利道〉って唄ってるし。 「真っ直ぐ自分の考えをそのまま書きましたね。いつも歌詞を書くと自分の真面目さが出ちゃうので、あえて引き算というか軽いノリにしてバランスをとるんですけど、あえてそのまま書きました」 ーー〈ここから どうやって生きるの?〉って、自問自答までしてます。 「そのまんまですよ(笑)。でもね、辛いことがあっても考え方ひとつで前向きになれるし、その事実を自分がどう受け入れるかが重要だっていうことに、20年かけてようやく思えるようになったから書けた歌詞でもあって。こういう考え方ができるようになるまで時間がかかったけど、チーズみたいに時間をかけて発酵させて、美味しい人間になりたいの」 ーー昔はそうじゃなかった? 「たくさん後悔もしたし、たくさん失敗もしたし、いろんなことで落ち込んだり悩んだりしてきたけど、今はもうそういうことに囚われていたくないの。ほら、みんな写真を撮る時に『チーズ』って言うと笑顔になるでしょ? その笑顔の瞬間がずっと連続するような人生を送りたくて。せっかく生きてるんだから、笑顔でいたいじゃないですか」 ーーもちろんそうですね。 「もし自分が今なにかで落ち込んでいたとしても、そこには必ず生きるための意味とか理由があるというか。その答えを探して見つけられたら、きっと笑顔になれるし、人生も進んでいく気がするんですよ。そんなに簡単なことじゃないけど、そういう自分でありたいです」 ーーここまで正直に自分のことを書けるようになったのも、今のカエラさんだからできることなんでしょうね。 「その通りです。もはや正直な気持ちをそのまま吐き出しても恥ずかしくなくなってきてる(笑)」 ーー恥ずかしいから吐き出せなかったんじゃなくて、臆病だから言えなかったんでしょ? 「そう、昔の自分は歌詞で言えなかったし、人前でも言えなかった。でも、この20年でいろんなことがあって……やればやるほど作品の中で自分が解放されていくというか、自分に嘘がつけなくなって」 ーーさっき「いろんなことで落ち込んだり悩んだりしてきた」って言いましたけど、この20年間でそういう瞬間は多かったですか? 「いつも悩んでましたよ。葛藤もたくさんあったし……それこそ誰のことも信じられなくて、心を閉じてた時もあって。でも〈Butterfly〉で正直な気持ちをさらけ出したら、それがたくさんの人に聴いてもらえて嬉しくなったり。それなのに〈こういう優しい歌を唄っているのは、私が理想とするカッコいい木村カエラではない〉みたいな葛藤が生まれたり、さらにそこから〈いろんな色に染まれるのが自分なんだ〉って受け入れたり。だから……あんな自分、こんな自分、いろんな自分がいるけど、それを受け入れる人生だったのかなって」 ーー今はむしろそれを楽しめてる? 「もちろん! 変わっていく自分がすごく楽しいって思えるから。さっき自己肯定って言われて、そう思った」 ーー前回の取材でも言ってましたけど、家族を持ってからのカエラさんはすごく悩んでたじゃないですか。でも、あの頃の自分も今は受け入れたから今があって。 「あの時はスランプというか、とにかく必死でした。どう自分を表現していいのかわからないし、どういう木村カエラを人に見せればいいのかわからないし。自分が3歳ぐらいの頃から歌が大好きで、その時から私にとっては歌がすべてなのに、何も自分から出てこないというか。いっそのこと辞めてしまったほうがいいのかな?って思いつつ、コロナで全部がストップしたら、やっぱり唄いたい!って復活したんだけど」 ーーで、気づけば20年。 「いろんなことがありすぎて、忘れちゃってるのかもね。だから基本……人生って大変ですよね、本当に」 ーー楽ではないですね。 「楽しいことより辛いことのほうが多くて。でもそのぶん、ステージに立った瞬間がたまらないの。〈こんな幸せ、どこに落ちてたの?〉っていうぐらいライヴが楽しいし、唄うことが大好きで。やっぱり離れられないんですよ」 ーー「Twenty」って曲は、そういう自分に向けて唄ってる曲ですよね。 「これ、書きたいことが多すぎてなかなか書けなくて。どこに向けて何を唄えばいんだろう?って」 ーー自分から書きたいって言ったくせに(笑)。 「そうなの(笑)。で、結局自分に向けて唄えばいいんだって」 ーー〈晴れた私でいたいの〉とか〈前向きな私でいたいの〉とか、全部自分に向けて唄ってるじゃないですか。裏を返せば、それだけ自分に自信がないし、臆病だし、それを隠せない人だってことで。 「つねに不安なんですよ。ずっと自分を探してるし」 ーーだから歌が必要なんでしょ? 「そうです。だから辞めようと思っても辞められなかった」 ーーそこだけは20年前からずっと変わってないんじゃないですか? カエラさんが歌を唄う理由はブレてない。 「そこはたしかにブレてないかも! そういえばこないだふと思ったんですよ。どうして私はいつも自分の心について唄ってきたんだろう?って。その答えが今わかりました」 ーーえ、今なの? 「不安だからだ! もっと早く気づいてればよかった(笑)」
樋口靖幸(音楽と人)