両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.14
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
新たな教区
牧師を養成する資格を持つというこの男は、教団の中でも変わり者として知られていた。ミャンマー軍とKNLAがまだ激しく戦っていた頃、比較的安全なタイ側で暮らすのではなく、ミャンマー側のKNLA支配地から、タイ側へ若者や子供らを運んで宗旨替えさせる役割を担っていたため、その奔放な振舞いに眉を顰める教団上層部の者はいても、表立っては彼を問い質せなかったそうだ。 ビレイは喜んで彼に付き従い、牧師になるための講義を受けた。タイとミャンマーの国境を行き来しながら、各所の教会や村を巡るうちに、彼を慕ってくれる者も増えたそうだ。数年後、ビレイは牧師になって、自分を拾ってくれたコミューンへ戻った。すると、周囲の者の態度が違う。以前とは打って変わって、随分よそよそしい。 落ち着く間もなく、彼は教区の責任者に呼ばれ、牧師として新たな教区を開拓するよう命じられたのだった。「信徒たちが牧師の着任を待っている村へ行ってほしい」と指示され、ビレイ牧師は小さな村へ向かった。それが、現在のタコラン村だ。 「教団が出してくれた車で村に着くと、ひとつの灯もない、真っ暗な森の中。そこに、懐中電灯を持って3人の信徒が現れた。タコラン村の信徒はそれで全員だった」 ビレイ牧師と助手のアンリ(仮名)を降ろすと、車はすぐに走り去った。ふたりは信徒の小屋に泊めてもらい、翌朝から作業を始めた。