好き嫌いが分かれた『DAISUKI!』。中山秀征がテレビタレントとして歩んだ40年
◇『DAISUKI!』を大好きな人、大嫌いな人 中山秀征・飯島直子・松本明子の三人が、話題のスポットに出向いたり、ただただワチャワチャしたり……。『DAISUKI!』は、首都圏における男女間の友情みたいなものを具現化したような番組で、1991年から2000年まで日本テレビの深夜帯で放送されていた。ちなみに、中山は番組開始1年半後からの参加だ。 「深夜でもあり得ないぐらいのヒット番組だったんですよ。占拠率50%で視聴率15%。そういう評価はあるんだけど、世間では“ただ遊んでるだけ”と言われました。 でもね、1本撮るのに僕ら11時間ぐらい遊ぶんですよ。途中で帰りたくても、ちゃんと遊ぶ。“ただ遊んでて楽そうと言われても、こんなに遊んだらイヤになるぞ!”って言いたかったですね(笑)。 台本がないものを当日、ゼロから撮って、起承転結を作って、面白く終わらないといけない。そこには相当のこだわりはありました」 『DAISUKI!』における中山秀征のある発明は、今年5月に発表した著書『いばらない生き方 テレビタレントの仕事術』(新潮社)に詳しく書かれているので、ここでは触れないでおこう。当時、この番組を偏愛していたのが、意外にも爆笑問題の太田光だった。 「太田さんって、僕のことをすごく評価してくれていて。『DAISUKI!』が好きだっていう話も聞いていて、その頃、爆笑問題が太田プロを辞めてから、もう一回這い上がろうと大変だった時期だったんですけど、番組に出てもらったんです。 そのときに太田さんが“『DAISUKI!』を見てたら、ヒデちゃんたち三人が、浴衣で海を見ながら花火をする背中がすごく良くて。あれ見て、オレ泣いちゃったんだよね”と言ってくれて。 それを聞いたとき、“太田さんはお笑いの才能を持ちつつ、すごくニュートラルな感覚を持った方なんだな”と思いました。普通の視点があるからこそ、狙って極端さを出せるし、僕のことも“ヒデちゃんはそのゾーンでやってるんだね”と理解してくれる。それがすごくうれしかった」 というのも、当時は、ほんわかしたTVショー的なバラエティ、そういう笑いは立場が弱かったから……と中山は振り返る。 「世間はストイックな笑いが主流で、ダウンタウンを筆頭に作り込んだコントが席巻していたと思います。僕らはオールドスタイルなバラエティをやってたんだけど、そこにプロレスで例えるとUWF的な、リアルファイトなスタイルが出てきて、まったくやり方が違ったので、すごく戸惑いもありました」 ◇今田耕司と関東・関西の代理戦争 実際、コアなお笑いファンの目には、“ヒデちゃん”が旧体制の仮想敵のように写った時期もあったし、現場でもそうした空気はあったという。 「僕、くくりとして関東、しかも東京の笑いの象徴みたいになってたんですけど、出身は群馬なんですよ!(笑) 東京でもなんでもない。その後、フジテレビの『殿様のフェロモン』という深夜番組で、関西のお笑いを学んできた今ちゃん(今田耕司)と一緒になるんです。 今ちゃんからは、僕のタマを獲りに来てるぐらいの覚悟と気合いを感じました。当時、僕は殿様のフェロモンが14本目のレギュラー番組。かたや今ちゃんは大阪から出てきて、初めてのレギュラー番組だったため意気込みが違いました」 東京で結果を残そうという今田耕司と、みんなで楽しく番組をつくろうという中山秀征。東西のメインMC二人は全くかみ合わなかった。 「僕のプロレスのスタイルに組み合ってくれないわけですよ。とにかく関節技でくる。関節技は、全然テレビ映えしないわりにすごく痛いんですよね(笑)。まさに僕が新日・全日の古き良きプロレスっぽく、手を組んで展開しようとすると、今ちゃんは、僕の腕や足を極めにかかってくる。UWFスタイルでくる感じ(笑)。 結局、“誰が一番強いんだ! 誰が一番面白いんだ!”みたいな争いを、土曜深夜のまったりした時間帯に、視聴者の皆さんにお見せすることになってしまって……。 それを後の『めちゃイケ』メンバーになるナインティナインや極楽とんぼ、よゐこが距離を保ちながら見届ける。番組内容は超くだらないものなのに、現場は戦場と化してるっていう……本当にカオスな番組でした」 番組は半年で終わったが、今も好事家たちのあいだでは語り継がれる伝説になっている。そして、中山秀征と今田耕司はのちに“和解”。 「今ちゃんが飲んでるときに言ってくれたんです。“あのときにテレビを知ってたのは、ヒデちゃんだけやったね”って。本にも書いたけど“今、自分がMCやメインになって、あのときヒデちゃんがやってたことをやってるんですよ”って。 たぶん、目標は同じだったんですよ。でも、立ってる場所が違った感じでしたね。いま思うと『殿様のフェロモン』は面白くて、本当に良い経験をさせてもらったなと実感しています」