<インド>シークの英雄 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
インド北部、パンジャーブ州の田舎道を車で走っていると、道路脇に建った奇妙な像が目に飛び込んできた。首を切られた戦士が、自らの首を片手に持ちながら刀を振りかざしている、ちょっとブラックなものだ。これまで見たこともないものだったので車をUターンさせて近づいていくと、2人の男が色あせた像のペンキを塗り直していた。 「ババ・ディープ・シンだ。シーク教徒の英雄さ」 タクシーのドライバーが教えてくれた。インドには実に様々な神々がいて、こういった偶像も数知れぬほど存在するのだが、これは神ではなく実在した人物らしい。 ディープ・シンは、1757年、アフガニスタンのイスラム教徒たちが、この土地に攻め入ってきたときに対抗して戦った勇者たちのリーダー。忠義心が強く、武術に長けた彼は、シーク教徒にとって神聖な黄金寺院を守るため、圧倒的に数のまさる敵に立ち向かっていった。戦闘中、不覚にも敵に首を切られたあとも、それを持ちながら戦い続けたという。いささか現実味には欠ける伝説ではあるが、それほどまで強固な不屈の精神をもった猛者だったのだろう。 不思議なものだ。こんな話をきいて、はじめはただホラーハウスの人形にしか見えなかったこの像が、なにか誇り高き勇者の姿にみえてきた。 (2014年12月) ---------------- 高橋邦典 フォトジャーナリスト 宮城県仙台市生まれ。1990年に渡米。米新聞社でフォトグラファーとして勤務後、2009年よりフリーランスとしてインドに拠点を移す。アフガニスタン、イラク、リベリア、リビアなどの紛争地を取材。著書に「ぼくの見た戦争_2003年イラク」、「『あの日』のこと」(いずれもポプラ社)、「フレームズ・オブ・ライフ」(長崎出版)などがある。ワールド・プレス・フォト、POYiをはじめとして、受賞多数。 Copyright (C) Kuni Takahashi. All Rights Reserved.