<インド>悩める巨匠 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
インドのみならず、世界でも屈指の彫像家であるラム・サターのスタジオを訪れた。マハトマ・ガンジーやネルー首相といったインド歴史上の人物をはじめ、ヒンドゥー教の神輿用の像まで、巨大な彫像がところ狭しと並べられたその敷地は、まるで博物館と見紛うほどだ。写実的で精密な彼の作品は定評が高く、世界各地の公園や官舎などでも目にすることができる。 「本当はもっと現代アートもやってみたいんだがね…だけどこっちのほうは誰も認めてくれないんだ」 ラムは彼が以前つくった抽象的な彫刻を手に取りながら、呟いた。 しかし、彼のマネージャーを務め、自身も彫刻家である息子のアニルが否定的に口をはさんだ。 「父はこれまでずっと写実的な彫像家として第一線でやってきた。これからもそうさ。人々は父のそういう彫刻を求めているんだ。だいたい作品の制作も注文に追いついていないし、現代アートなどやってる暇はないんだよ」 90に近い歳になってもなお、自らの殻を破り、新境地に意欲をみせる巨匠。しかし周りがそれを許してくれない。ラムの横顔は、なんとなく寂しそうにも見えた。 (2013年12月) ---------------- 高橋邦典 フォトジャーナリスト 宮城県仙台市生まれ。1990年に渡米。米新聞社でフォトグラファーとして勤務後、2009年よりフリーランスとしてインドに拠点を移す。アフガニスタン、イラク、リベリア、リビアなどの紛争地を取材。著書に「ぼくの見た戦争_2003年イラク」、「『あの日』のこと」(いずれもポプラ社)、「フレームズ・オブ・ライフ」(長崎出版)などがある。ワールド・プレス・フォト、POYiをはじめとして、受賞多数。 Copyright (C) Kuni Takahashi. All Rights Reserved.