日本は冷ややか?「797」ことNMAはどうなるのか 特集・737MAXと787隙間埋める次世代機の未来
ボーイングが同社最大の労働組合IAM(国際機械技術者協会)と労使契約の暫定合意に至ったことで、次世代機への関心が高まっている。合意内容には、シアトル近郊のワシントン州ピュージェット・サウンド地域で次世代機を製造することも盛り込まれたためだ。 【写真】型式証明取得が遅れている「最大の737 MAX」737-10の飛行試験機 ボーイングは現地時間9月8日の発表で、次世代機が具体的にどのようなものかは言及していないが、コロナ前には737 MAXと787の間のマーケット「MOM(Middle of the Market)」に投入する中型機「NMA(New Middlesize Airplane)」を計画しており、787に続く機体であることから「797」とも呼ばれていた。 2017年9月に、787のプログラム・リーダーだった(当時バイス・プレジデントの)マーク・ジェンクス氏をリーダーとして、ボーイングはNMAの開発を担うチームを立ち上げた。弊紙でも、ボーイングが「チラ見せ」した2017年6月のパリ航空ショーから、NMAや797を取り上げてきた。 計画通りであれば、2025年前後に就航予定だったNMAは、どのような機体だったのだろうか。そして日本のマーケットで受け入れられていたのだろうか。 ◆757置き換えのはずが NMAは、北米の航空会社を中心に需要がある中型の単通路機757の後継機とされるもの。座席数は220-270席クラスで、コロナ前2018年の段階では2019年にローンチし、2025年の就航を念頭に置いていた。その後、ローンチは2020年内に延期されたものの、就航は2025年前後としており、計画通り進んでいれば、今ごろはNMAの話題があふれていただろう。 大まかに言うと、757よりも座席数が20%多く、航続距離は25%長い機体がNMAだった。2017年6月のパリ航空ショーでローンチが発表された、ボーイング最大の単通路(ナローボディー)機737 MAX 10(現737-10)と、双通路(ワイドボディー)機の中では小型となる787-8の間に位置するサイズで、2クラス約200席の757-200や、同250席の757-300の置き換え需要が期待できる。 737-10よりは座席数は多いが、787のようなワイドボディー機ほどのコストはかからない、という触れ込みだった。 そして、757の置き換え需要が見込める北米だけでなく、今後の民間機市場を多くの需要が見込まれるアジアも、中国の国内線やアジア域内路線に適した機材として、ボーイングはNMAを売り込み始めていた。 現在の民間機市場には、757とまったく同じサイズの単通路機は存在しない。ライバルのエアバスは、757の置き換え需要を標準座席数2クラス180-220席と757よりやや小さいA321neoや、派生型で単通路機では世界最長の最大11時間飛行できるA321XLRで獲得しつつある。 一方、メーカーによる最大座席数が1クラス230席の737-10は、FAA(米国連邦航空局)が安全性を認める「型式証明」(TC)の取得が遅れており、ユナイテッド航空(UAL/UA)が発注済みの一部を737-9(737 MAX 9)に変更するなど、影響が出始めている。 ボーイングの民間航空機部門マーケティング担当副社長のダレン・ハルスト氏が2023年12月に来日した際、NMAの開発について「現時点で進展はない」と応じ、「現在開発中の737-7、737-10、777-9、777-8Fで市場のニーズを満たしていける。新型機の開発は長期的な目線で検討している」と述べるにとどめた。 そして、今年1月5日に米ポートランドでアラスカ航空(ASA/AS)が運航する737-9(登録記号N704AL)のドアプラグ脱落事故が発生。現在のボーイングはNMAどころではなく、FAAも737 MAXの増産ですら容易にゴーサインを出せない状況になっている。 ◆「通路が2本なければ買わない」 では、NMAとして計画されていたころの「797」を、日本の航空会社はどのように評価していたのだろうか。コロナ前に私が取材した限りでは、芳しくないものだった。ある航空会社の幹部は「このクラスなら通路が2本なければ買わない」と明言していたほどだ。航空機が到着してから出発するまでの「ターンアラウンド」や顧客満足度の観点で、こうした判断になるという。 国内線で500席前後の大型機を運航しているのは、世界広しといえど日本のみだ。日本の空で旅客数が多い国内幹線から地方路線まで幅広く活躍する双通路の767と、NMAが置き換え対象となる単通路の757は同時開発された機体だったが、日本の航空会社が757を採用することはなかった。 国内線用767-300ERの座席数を見ると、全日本空輸(ANA/NH)が2クラス270席、日本航空(JAL/JL、9201)は3クラス252席または2クラス261席と、250-300席のレンジとなる。現在757の置き換えとしても選定されているA321を見ると、エールフランス航空(AFR/AF)では2クラス212席と、767と比べるとひと回り下のサイズだ。 通路が1本の機材を単通路機やナローボディー(狭胴)機、2本だと双通路機やワイドボディー(広胴)機と呼ぶが、機体メーカーとしては座席数が250-300席で通路が2本、というのは採算性などの観点でバランスがよくないようだ。 2011年に就航した787の開発を振り返っても、翼幅が767と同じ「787-3」はANAとJALしか発注意向を示さず、787の開発遅延や翼幅変更による燃費悪化などの理由で、787-8に統合された。国内線仕様の場合、ANAの787-8は2クラス335席、JALは3クラス291席と、767より少し大きい300席級の機材になっている。 こうした経緯を考えると、日本の大手2社の767と同程度の座席数をカバーするNMAの計画が復活し、当初の予定通り単通路機となった場合、両社は採用を見送る可能性が高い。しかし、コロナの影響で日本の国内線市場は変化し、今後の人口減少といった課題もある。JALはこうした環境の変化から、国内線用767の後継機としてA321neoを選定した。コロナ前と比べて、機材選定の要素は変化しており、ボーイングの提案次第といったところだろう。 ◆787はサウスカロライナ集約 冒頭でも触れたように、今回ボーイングの次世代機が再び注目を集めたのは、どこでこの機体を製造するか、という労働組合にとって重要課題だったからだ。ボーイングのルーツであるワシントン州では、民間機は737 MAX、767、777/777X、軍用機はKC-46A、P-8、E-7を製造。かつては787をシアトル近郊のエバレットでも製造していたが、2021年に最終組立工場をサウスカロライナ州ノースチャールストンの「BSC(ボーイング・サウスカロライナ)」に集約した。 エバレット製最後の787は、全日本空輸(ANA/NH)の787-9(登録記号JA937A)で、2021年11月2日に納入。ANAで「78G」と呼ばれる国内線新仕様機で、座席数は2クラス375席(プレミアムクラス28席、普通席347席)、エンジンはGE製GEnx-1Bを搭載している。 また、ジャンボの愛称で親しまれた747の最終号機(747-8F、登録記号N863GT)は、2023年1月31日にエバレットでアトラスエアー(GTI/5Y)などを傘下に持つアトラス・エア・ワールドワイドへ引き渡され、56年の歴史に幕を下ろした。日本人にとって、ボーイングというとシアトルを連想する人が多いと思うが、製造を担う民間機の機種は減少傾向にある。 近年のボーイングでは、ワシントン州レントンで製造される737 MAXや、サウスカロライナに集約された787で品質問題が起きており、次世代機をどこで製造するかも今後のボーイングの行方を占う上で重要なテーマだった。ワシントン州内での次世代機製造が決まったことは、従業員の士気向上にもつなりそうだ。 ボーイングの新型機が、いずれ登場することは間違いない。しかし、8月に777Xの飛行試験機でエンジンを機体に固定する構造部品に問題が見つかるなど、まだまだ膿(うみ)を出し切らなければならない段階だ。当面は737 MAXや787の生産レートの変化や、777Xの開発進捗を見守る状況と言えるだろう。
Tadayuki YOSHIKAWA